スタンピード・ワイバーン!
ポロポロ五月雨
第1話 一話
下はコンクリートで、横を見たらビルが建っている。今日は曇天だから、四方八方が灰色ってことになる。「クッソ、ここの店ヤってんだろ」「んでもいいけど金返せよナ」 ネオンだけで明るい。街が、灰色の下敷きでカラフルに染まっていた。
『ガッ! ギュルルルルル!!』 「いらっしゃーせ~」「ラーメン行くべ、やってらんね」「ちょっと! 何で…」 雑踏と工事音、急に横を通り抜けたトラックに、人は心臓を飛び上がらせる。『ダンッ!』 「ボケッ!」「テメェ、どっちが…」
街の一角に、その事務所はあった。
「おい、おいおいおい。なぁ、お前さん」
『ドンッ!』 机の上に堂々と! カカトが、まるで金槌のように振り下ろされた! 「…」 前にいた男は何も言わず、その良く見えた靴の裏と、自分のツムジとを対面させた。
「誠に…申し訳ございません」
「さぁ、聞き飽きたんだよ。それも」
足を乗せていた方が、ウンザリした顔でタバコを咥えた。細くて長いヤツだ。それから火を点けると、今度こそウンザリしきった顔で、頭を下げる男の頭頂に副流煙をドバっと吐き捨てた。
「なぁ、私だって鬼じゃない。その辺はアンタも分かってくれてるハズだ」
乗せている靴の先端で、男を指した。『どこがじゃボケィ…』「はい、重々承知しています」 男はさらに30度ほど、頭を深く下げた。「ふんふん、そうだろう」 タバコの方が、機嫌よく頷く。
「だから、別に怒ってないんだよ。だから、私は何でアンタが…私に謝るのか、それを知りたいんだ」
「…」
「何でッて、言ってみろや」
「…その」
「アッ、あの、失礼します」
重ッタルイ空気、を、切り裂く様に、ドアをノックする音が聞こえた。「…どうぞ」 タバコの方が返事する。男は動かない。『ガチャ』やがてドアが開き、事務の女性がお盆にお茶をのせたまま「…」 部屋の中に入ってきた。
「その…ス、少し、きき休憩…」
激しいどもりがあった。だが『ありがてぇ…』 男は思った。男としては何か、現状を変えるエッセンスのようなものが欲しかったからだ。要するに職員室で説教クらってるときの、「○○センセー、教頭先生が呼んでらっしゃいますよー」 みたいな、炎の勢いを弱める何かが。
幸い、「あぁ、そうしようか」 タバコの方は灰皿に、そのタバコを押し付けた。そんでもって立ち昇るケムリを掻き消すように、乗せていた足を下ろした。
『ガキが、舐めやがって』
男は未だに頭を下げたまま、「まぁ座れよ」「…はい、失礼します」 その…タバコだった方の容姿をバカにした。
身長は、ピッタリ100cmくらいだった。さっきまで見えていた靴は、典型的なロリータシューズで、一見すると革靴に見えなくもないほど、テカテカに黒色だった。そのクセ、上にはどこに売ってんのかも知れないようなピッタリのワイシャツを着て、ジャケットまで羽織っている。『ママゴトだ。それかコスプレ』 会った人はみんな言う。髪は後ろに束ねてある。
「なぁ。そんで、続きよ」
女児は言った。そう、女児だった。
「何で謝る。ん?」
「…俺たちが、ココに運ぶ予定だったカネを…どっかで無くしちまったからです」
女児がお茶をすすった。「熱いな」「…」「お前も飲めよ。せっかくシオンが入れてくれたんだ」「い、いただきます」 男もお茶をすすった。部屋に『ズズズ』 音が鳴る。観葉植物に、戸棚に詰め込まれた書類に、壁に飾ってある得体のしれない感謝状に、音が染み入る。
「ゴルフ好きか?」
「え…あぁ、いや」
急な質問に、男はまず首を振った。『好きです』 と言うとウソになるし、『好きじゃないです』 と言うと反感を買うから、何も言わなかった。だから首を振った上で、「興味はあります」 と言った。
「あぁそうか。興味あるか」
言うが早いか、女児は座っているソファーの下を覗き込んだ。必然的に男に頭を下げる形になったので、男の溜飲が少し下がった。
「…」 ソファーの下から出てきたのは、ゴルフのクラブだった。『ズルズル』 まるで鞘から引き抜かれるように、アイアンの光沢が見えてくる。蛇が巣穴から頭を出すようにも見えた。
『その身長でゴルフ?』
机の向こうの女児をバカにした。鼻が笑う準備をする。しかし、例えば「ふッ!」 だとか「ハッ!」 だとかの嘲笑的な音じゃ、きっと辺りの…家具たちは満足できなかっただろうさ!
「ウギャッッ!!?」
男が! 肩を押さえてソファに転んだ!
「よぉ、ツレェよな、痛くて」
女児が、ゴルフクラブを肩に担ぐ。そのクラブの先端は、ナゼだかちょっと折れ曲がっていた。一応の話、男性がソファに転ぶ前は折れてなかった…不可思議。
「う、ウゥウウウ…」 唸る。唸る。肩が折れてるモンだから、連動する箇所を動かすだけで、激痛が走る。
「『どっかで無くしちまった』 ッてさぁ。私はどっちを責めればいい? 『どっかで』 か、『無くしちまった』 か。さぁ。言い換えると『ドコに?』 と『ナンで?』 だよ。説明してくれ」
「うぎゅ…どっかに! は、そりゃ…駅だよ! 多分〈ディッシャーソープ〉 の、ハきダメみてぇな駅だ!」
怒鳴るように続ける。
「ナンで、は! し、知らねぇよ。分かんねぇ。俺は…俺たちは! 目なんて外さなかった。ホントだ! でも、気付いたら中身だけスリ替わってたんだよ」
「スリ替わってた? 何に」
「お、俺の内ポケットに入ってるよ」
男はズズ…と体を動かして、内ポケットを女児に見せた。「…私が取んのかよ」「頼むよ…痛いんだよ」 女児はしょうがなく、机の上にヒザを乗せて、スススと奥ゆかしく男に近寄った。
「コレか?」 男は頷く。
出てきたのは、一枚の紙ペラだった。
「『パパラッチ・パンチパレード社は、いつだってアナタ達の協賛により成り立っています!』」
「…」「…」 沈黙。のち、「ふふ…」「へへ…」
女児はそのまま、再びゴルフクラブを掲げた。「ま、待って!」 男が手をかざす。
「さ、最近ハヤってんだよ! 『PPP』って、依頼すりゃナンでもやってくれる。そうゆう会社がさ!」
「死に際のジョークがソレとは、悲しいほどセンスがないな」
「くくく、ソイツの言ってることは本当ですぜボス」
掲げられていたゴルフクラブを、誰かが押さえた。「わっ!」「どうも、お客さん」 現れた男は被っていたキャップのつばをツマみ、ぺこりと挨拶をした。
「ターザン、そりゃどういうことだ」
「くくく、ボス。カンタンな話ですよ…これを見てください」
ターザンはそう言うと、一枚の紙ペラを取り出した。
「『パパラッチ・パンチパレード社は、いつだってアナタ達の協賛により成り立っています!』」
「…これ、コイツのと同じヤツか。どうゆうことだ」
「分かりませんか? くく、ヒント。オレはさっきまで《ディッシャーソープ》 の駅にいた。2つ目、オレはボスの頼まれて、おカネをココに運んでくる手ハズだった」
「…お前、カネは?」
「…」「…」「…」 のち、「ふふ…」「へへ…」「くくく」
「手前ら…死んだ方がマシか」
女子はそう言うと、持っていたゴルフクラブで辺りを殴りつけた!
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