第6章「溟海の竜と動き出すヴォルフラム」

第36話「王の甘言」


ロキ達が遺跡図書館トートを訪れて5日後のファルゼア城。

謁見の間の扉が一人の兵士の手によって大きな音を立てて乱暴に開け放たれた。


「陛下、御報告です!!」

「騒がしいぞ、何事じゃ。」


転がり込むように入り、膝を付き敬礼した兵士を、ヴォルフラムは面倒な物を見るように玉座から見下ろした。

見ると、護衛の兵士達も何があったのかと困惑を隠さずに見ている。

だが、その兵士が顔を上げ、次の言葉を放った瞬間に全員の顔が驚愕に変わり、ヴォルフラムの顔が邪悪に歪む。


「魔王ロキが大病を患い弱体化、余命幾ばくとの事です!」

「なんという……天運に恵まれた事か……!マグジール達を呼び戻せ!一刻も早くじゃ、急げ!!」


「は、ハッ!!」


慌てた様子で兵士の何人かが部屋を出て、それを見届けた後、ヴォルフラムは目の前の兵士に労いの言葉を投げかけた。


「お主は下がってよい。魔王弱体化の報告、大義であった。」

「ハッ!それでは失礼します、陛下!」


そう言って、報告に現れた兵士はヴォルフラム達の姿を眺め、急ぎ足でその場を去っていった。

全員が暗示に掛かってる事をしっかりと確認をして……。


「身に余る光栄なんて口が裂けても言わねえよ、ヴォルフラム。愚か者に友人を売り渡すなんて、屈辱以外の何ものでもねえからな。」


変身魔法を維持しながら、スルトは苦々しい顔のまま呟いた。




◆◆◆


「……では陛下。これから我々は……、」

「そうだ。確かな情報筋から魔王の余命が幾ばくかと報せが入った。お主らは直ちに準備を整え、魔王討伐に向かえ。」


「ハッ!!」


人払いが済まされ、ヴォルフラムとマグジール一行のみがいる謁見の間……。

マグジール達が声を揃え敬礼する中、リディア唯一人が疑問を投げかけた。

目の前の疑り深い王の言葉に僅かな違和感を覚えたからだ。


「お待ち下さい、ヴォルフラム陛下。魔王、及び高位魔族に攻撃を加える事は禁じられています。ここで彼らに危害を加えれば、神界の神々は……!」

「問題は無い。暴走魔族などという明らかに魔界の不手際であろう問題が起きてるいるのだ。今こそ、ファルゼアに存在する全ての人間を救う為にも立ち上がるべきではないか!」

「………ですがっ、」


疑問を拭えず、尚も食い下がるリディアを、ヴォルフラムは手で制した。


「リディアの疑問も尤もだと言う事は分かる。だが、暴走魔族を止めなければ我々人間が緩やかに滅びを迎えるのもまた事実である。そして……、ここで魔王を倒せば三界条約に記されている大規模侵攻を防ぐだけでなく、全ての魔族を消滅させることが出来るのだ。」

「そ、それは本当なのですか!陛下!?」

「魔王を滅ぼせば、全ての魔族が……、」


ヴォルフラムの言葉を聞き、エドワードとムスタが思わず声を張り上げ、それを見たヴォルフラムが静かに頷く。


「本当じゃ。三界条約……、あれは魔界の王が後々我々を滅ぼし、このファルゼアを支配する為にでっちあげた嘘に過ぎないのだ。」

「おのれ、何と卑劣な………!」


ヴォルフラムの言葉に、マグジールが忌々しげに言葉を吐いて反応する。

ムスタとエドワードも同じ様な反応だ。


だが、リディアだけは素直にそれを信じる事が出来なかった。

(……本当にそうなの?三界条約が、嘘の内容?)

たしかに、三界条約がヴォルフラムの言う通り、魔族にとって都合の良いように書かれている可能性も否定できない。

しかし、ヴォルフラムの言う事が真実であるかと言われれば、それも素直に頷けない。

リディアはマグジール達の仲間ではあるが、彼らほど自分の国の王を信じている訳ではない。

(私は…………、)

決断を迫られる。

それと同時に密かに想いを寄せる少年の姿が思い浮かんだ。


『リディア。お前はマグジールよりかは幾分マシな気がするから忠告程度で言っておくが……、あいつらみたいに考える事を止めてハイハイ言うだけの人間になるなよ。』


一言一句、鬱陶しそうにしながらも彼が残した忠告の言葉を思い出し、苦悩する。

決めなければ……、ここで決めなければ、きっと取り返しの付かない事になる……!

何故かは分からないが、直感的に何かを感じ、口を開こうとした時だった。

ヴォルフラムの口から、聞いたこともないくらいの暖かい声音で言葉が紡がれた。


「我々人類が生き残るには、何としてもお主達の働きが必要なのだ。このヴォルフラムが最も信用する勇者とその仲間であるお主達の力が。分かるな?」


ヴォルフラムの甘言を聞いて、マグジール達の顔が明るくなる。

サーダリアでの一件もそうだがここ最近、市民からも不快感を隠そうともしない目を向けられているので、これを気に名誉回復が出来ると踏んだのだろう。

それだけではなく、マグジールもヴォルフラム同様、魔王ロキを魔族を統べる忌むべき存在として目の敵としていた。

彼からすれば、ここで魔王を滅ぼせるのは自分にとっても良いタイミングなのだろう。

相変わらずリディアのみが表情を暗くしているが、彼女の仲間達はそれに気付く事なく声を掛ける。


「リディア、怖いかもしれないけど頑張ろう。弱体化している魔王程度なら、今のボク達でも何とかなるかもしれない。」

「そうだぜ。大丈夫だ、俺達だっているんだからよ。援護は任せたぜ。」

「お前だって丁度いい機会だろ?アルシアちゃんを誑かせてる女魔族2人とも黙らせられるんだからよ。」

「女………、魔族……」


ムスタの言葉を聞いて、リディアの心臓がドクン、と大きく跳ねる。

忌まわしい高位魔族の女2人……。その内の1人、竜の少女の顔が嫌でも思い浮かぶ。

(………そうだ。)


「そう、よね……。ええ、ここで魔王達と高位魔族、あいつらを倒して平和を取り戻しましょう?」


不気味に歪んだ笑みを浮かべながら、リディアはその選択肢を選んだ。

そうだ、自分で言ったことではないか。

あいつらはアルシアを誑かしていると。

いつかファルゼアを滅ぼすのだと。

ならば、この選択は間違いな訳が無いではないか。

私のこの選択は、正しいはずだ。

4人がお互いの意思を確かめ合うのを見て、ヴォルフラムは勇ましく号令する。


「改めて、お主らに命ずる!必ずや、暴走魔族を裏で操っている魔王ロキを討伐し、大規模侵攻を阻止。世界に真の平和をもたらすのだ!これは、世界を救う為の戦いである!!」


「ハッ!!」


再びマグジール達が頭を垂れる様を見て、ヴォルフラムは思い出した様に付け加える。


「付け加えるが……、この作戦を行う過程で、もし邪魔する者がいればワシが許す。これも魔王の配下として排除せよ。それがアルシア・ラグドであろうとな。」


用済みだと言わんがばかりに口元を歪めながら言い放ち、再びそれにマグジール達が返事を返す。

リディアも、もうそれにも反対はしなかった。

これは彼が招いた結果なのだと、仕方のない事なのだと納得して。

ヴォルフラムやマグジール達、それぞれが胸の内に抱く野望、願い、夢が近付いたと内心で歓喜しているが、それは何一つ叶う事は無く、寧ろまったく別の結果を手繰り寄せる事になると知るのは、その数日後の事である。

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