第35.5話「神の刻印と三界条約」
ロキ達がトートを訪れた数日後。
今度はアルシアとニーズヘッグが遺跡図書館に来ていた。
図書館内部に入った2人はトートに挨拶を済ませ、ニーズヘッグは暴走魔族の前例が無いかを、アルシアはニコライに依頼されていた神の刻印について調べる為、別々に本棚を漁っていた。
◆◆◆
ニーザが暴走魔族に関係ありそうな本を棚から数冊ばかり抜いて読み漁っている間、俺はトートの用意してくれた神の刻印について纏められた本を読んでいた。
「王族の中でもファルゼア王国国王となる者の身体の何処かに刻まれ、所有者は一度だけだが人間では不可能な程の願いすら叶えてしまう……。ただし、代償としてその者の命は失われる、か……。」
ここまでは知識としてロキから教えてもらった事がある。
願いを叶えた代償に命を失うというのはあまりにも負釣り合いな気がしなくもないが、その代償も例えば、ファルゼアそのものが何らかの理由で滅びるのを防ぐ為に使用するとかならば、一応は納得できる。
基本的に神から人間に託された最後の手段の様な物だろう。
また、これは神が自分達の存在を護る為に用意した1つの措置でもある。
神は人間がその名を知り、信仰する事によってその力をより強大な物とする事が出来る。
逆も然りで、知る者がいなくなり、信仰も無くなってしまえば神はその力を弱め消滅する。
それ故なのだろう。大金が欲しいとか、あの神
を殺したいとかの私欲に塗れた願いや、世界を壊しかねない願いは叶えたりは出来ないらしい。
この本によれば、過去にそれをやった王は何人かいたらしいが、その願いは叶う事なく、無駄に命を終わらせた事もあったという……。
更に読み進めると、そこには歴代の神の刻印を継承した王の写真が記載されたページがあり、それも読み終えたところで、俺はあるページで手を止めた。
そこにはこのファルゼア大陸に古くから伝わる三界条約の事が書かれていた。
・「神界」は不用意に人界、魔界グレイブヤードに干渉してはならない。
・「人界」は下級から特級までの魔族の討伐をする事は良しとするが、高位魔族、グレイブヤードの王である戯神・ロキへ危害を加えてはならない。
・「魔界・グレイブヤード」に属する魔界の王、並びに高位魔族は人間、神界の神への攻撃を有事の時を除いてしてはならず、定期的に魔族の間引きをしなければならない。
など、ファルゼアに住むほぼ全ての者が知ってる基本情報に加えて、ファルゼア王国の王位継承に関する事や、亜人種同盟に関する事柄が詳しく記載されている。
だが、俺が手を止めた理由はそこではなく別の所だ。
「神の刻印は王位継承者の身体に現れるのと同時に、魔族、人族、神族の関係、そして、魔族の正体、戯神ロキの役割が刻印を通じて、三界条約と共に知識として伝えられる。また、神やそれに類する力を持つ者の前では、刻印を所有する者は上記の事柄に対して虚偽の発言をする事を固く禁ずる、か………。記載の日時を見るに、神の刻印を悪用しようとした奴が出た後、すぐに追記されたみたいだな。トート、聞きたいことがあるんだが……、」
刻印を使って何をしようとしたのかは知らないが、どうせ碌でもない事だろう。
何も無い空間に向かってトートの名を呼ぶと、投写映像のトートがそこに現れた。
「何か聞きたいことでもあるのかね、アルシア。」
「うん……。この刻印の所有者が虚偽の発言をすると、ってあるけど、実際に嘘を付くとどうなるんだ?」
「全身に刻印を通じて激痛が走る。内臓を1つ潰されるような激痛だ。過去にそれを行った者の発言によるとそんな痛みらしい。要は嘘発見器の役割さ。」
「………なるほど。再発防止に繋がりそうだな。もう一ついいか?」
想像したせいか、何となく脇腹が痒くなったので掻きながら聞くと、トートは「構わんよ。」と微笑みながら頷いてくれた。
「この歴代の刻印の所有者のページを見ると、割と刻印持ちが2人いる時期が結構あるけど、例えば1人がある願いを叶える為に刻印を使って、もう一人がその願いの補助の為に刻印を使うとどうなるんだ?」
「前例が無い為、確実にそうなるとは言えないが……、余程の願いでなければ補助に回った者は死ぬ事は無いだろう。払う代償も身体の一部の機能を失うか、神の呪いを受けるかのどれかだろうね。」
「なるほどな………。てか、本当にこの本もらっていいのか?」
言って俺は読んでいる本を肩の上で振るが、トートは構わない、と頷いた。
「神の刻印の事を三界条約と共に纏めただけの本だ。歴史書の様な物だし、持っていって構わんさ。そもそも、その為に私がさっき新たに纏めて作ったのだからな。」
「そっか、ありがとう。」
「もういいのかね?」
「知りたい事は知れたから充分だよ。遠慮無く貰ってく。」
その後、数分してニーザがこちらに来た為、俺達は帰る支度を始めた。
外に出る準備をしながら、俺はニーザに問いかける。
「何か暴走魔族に関して分かったか?」
「全然分かんない……。似たような事例が外の世界に無いか調べたけど、さすがにいくら此処でも外の世界の生態系までは分からないから、お手上げよね。」
「そうか……。トートは何か知らないか?暴走魔族が出る原因になりそうな物とか。」
俺はそのまま、見送りに来てくれたトートに問い掛ける。だが………、
「……すまないが、知らない。」
「…………そうか。分かった、ありがとう。」
「気を付けて帰れよ。」
「ああ。またそのうち、のんびり遊びに来るよ。」
軽く手を振ってそれに返し、深くは追求せず、俺もニーザも図書館の出口に向かう。
(開示情報制限事項、か………。)
トートの表情が強張り、無表情になっていた事から、恐らくは話してはいけない何かに触れたか、触れかけたのだろう。
図書館を出たニーザがぽつりと漏らす。
「気をつけたほうがいいかもね……。」
「そうだな……。」
刺すような砂漠の日差しを受けながら、俺は静かに頷いた。
―――――――――――――――――――――
第5章・完
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