第8話「僧侶リディア・フルール」


「アルシア!」

「今度は何だ……って、リディアか。」


今日はよく呼び止められるな……と思いながら振り向くと、そこにはマグジール一行の紅一点であり、サブリーダーでもあるリディア・フルールが杖を抱きながら追ってきた。

彼女はマグジール一行の中ではまだまともな方なので、警戒を緩めて振り返る。


「何だって何よ。」

「いや、すまん。深い意味は無いんだが……、何か用か?」

「……用が無きゃ話しかけちゃいけないの?」

「そういう訳じゃないんだが……、」

「まあいいわ。アルシア、魔界に行ってたんでしょ?」


図星を突かれたので少しだけ黙ると、リディアは「やっぱり……」と呟いて溜め息を漏らした。


「ねえ、あの人達と絡むの、止めた方がいいんじゃない?そうしたら陛下やマグジール達だって……、」

「俺が誰とつるもうと勝手だろ?」

「そうだけど、でも、あの人達は………!」


前言撤回。やっぱりマグジールとそう変わらないのかもしれない。

むっとした顔を浮かべ、リディアに背を向け、再びニコライのいる詰所に向かおうとするも、右腕を掴まれて止められる。


「……なんだよ。」

「ねえ、私達と……、ファルゼア王国の兵として戦いましょう?皆、アルシアを勘違いしてる。ちゃんと話して、王国の仕事をこなせば、みんな貴方の事を分かってくれる。そうすればアルシアも居心地とか――――、」

「くどい。俺は自分で選んで今の立ち位置にいる。お前らみたいに、立ち位置欲しさでヴォルフラムの犬になるのは御免なんだよ。」


掴まれた腕を振り払って進もうとするも、強く握られて払えない。


「騙されてるのよ、アルシアは!いいように使われて、王国の情報も抜き取られて、用が無くなればいつか殺されるに決まってる!」

「もしそうなら、俺はとっくの昔にロキ達に殺されてるよ。そんなもん、一度も要求された事もないしな。」


呆れたように俺は笑って、今度こそ掴んでいる手を離した。

いいように使われて?たしかにあの店のケーキ食いたいとか、肉が食いたいから買ってきてとお願いされる事はあったりするが、それだけだ。

そもそも、もし殺されるとか言うなら本当にとっくの昔に殺されてるだろう。


なにせ、ロキが軽く席を外している間に勝手に玉座に座って昼寝したり、ロキの頭を引っ叩いたり、ちょっと特殊な状態になったニーズヘッグとのデートを仕事にかまけて忘れた挙げ句、逆鱗に触れてグレイブヤードの階層1つ消滅させたり――さすがに滅茶苦茶怒られた――私物を持ち込んで時折寝泊まりまでしているのだ。

ほら、ここまでふざけた事をしていて殺されない方がおかしい。


リディアに背を向け、再びニコライのいる詰所に向かう途中、俺はある事を言う事にした。


「リディア。お前はマグジールよりかは幾分マシな気がするから忠告程度で言っておくが……、あいつらみたいに考える事を止めてハイハイ言うだけの人間になるなよ。」


それだけ言って、今度こそ俺はその場を去る。

リディアからの返事は無かったが、追ってもこなかった。

 

「………何よ。あんな人間もどきの女共ばっかり見て……。」


ニーズヘッグ達の事を思い浮かべ、忌々しげに顔を歪めて静かに吐き捨てるリディアの言葉は、俺の耳には届く事は無かった。

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