逆の夢
水都
逆の夢
名前は山根だったと思う。小学校から中学までの間友達だった。
いや、それほど親しくないから同級生と言おうか。
彼の一言がずっと心の奥に引っかかっている。
むしろその一言以外に彼自身や彼の背景をかたどるような情報をすっかり忘れたらしく、その一言においてのみ私の記憶にとどまる存在である。名前もおそらく違っているが、まあいい。
小学の高学年ぐらいの時期だっただろうか。とても素敵な夢を見た。
その夢は目覚めても、完全に忘れはせず、強い印象と情緒は心に留まり、夢の中でのおおよその出来事の進行も覚えていられた。
しかし今はもうその夢もだいぶ忘れてしまった。ただ強烈な夢を見て、起きてしばらく浮世離れした感覚と天啓とも思えるような大仰な意味を感じたこと、それと切なさ、それらが胸中に渦巻いていたことは覚えているが、そのときの気持ちはもう忘れた。自分から消えてしまった。
ともかく、当時の十分に素朴だった私の心には、特別な意味に感じられ、宝物のような体験であり、それに励まされることすらあった。
夢では当時のクラスメートと一緒にいた。みんななにかの問題につまずて、まごついていた。正しい道が分からないようで、その場で停滞していた。
しかしそこにいる自分はいつもとは違って、大胆で、明晰で、人から怖れと羨望のまなざしで見られていた。その時の自分にはなぜかみんなが何をすべきかが非常にはっきりとわかるのだった。そこで、みんなを正しい方向に導いてやり、人々は驚嘆し、私は一層尊敬をうける。そういう夢だった。決して現実ではそんな子供ではなかったのだが。
夢の中に、その山根もいて、夢の中の私となぜか親しくしていた。私の助手のようになって、私の良さを引き立てたり、何か気付かせたり、情報を渡したりする夢ではそんな役であった。現実ではあまり話したことはなかったのにである。
さらに、この夢には夢特有のおかしなところがあって、出てくる同級生の名前が逆さまになっていた。例えば山田が田山になるような感じでお互い呼び合っていてた。さらに性別も逆に呼んでいた。男のことを女とよび、女のことを男とよぶような感じである。例えば、男子はこっちに集まってというと、そっちに女子が集まる。みんな自然に流暢にそうしているのではなく、努めてそうしていて、しかもなぜだか知らないがその場ではそういう呼び方をしなければならない、と思い込んでいる感じだった。
何でも分かる、みんなを導く最強のリーダーになった夢の中の私も、それがおかしなことには夢の中で気づかないままであった。
その夢をみてから一か月以内の出来事だったと思う。夢から受けた感銘が薄れ始めていた。体育の授業中だったのか、課外授業中だったのか、夏の日差しのきつい日だった。屋外で普段は接点がない山根と二人でしゃがみこんで長く話す機会があった。夢のことがあったので、普段話さない彼との会話することに不思議な気持ちがしていた。
どういう脈略かも、なんて答えたのかも忘れてしまった。ただ意外に話が弾んで彼は楽しそうにしていた。唐突に、思いついた面白いことを言うような感じで笑いながら彼はたしかにこう言った。
「逆になっているの気付いた?」
それから二、三年ぐらいたった後。その夢は私にとって、まったく感動的なものではなくなり、普段は完全に忘れていて、ごくまれに思い出す奇妙な夢という程度の意味になっていた。山根の言葉も忘れていたと思う。そんなとき私はバスの中で一人でいる彼を見かけた。その瞬間に、夢と奇妙な一言のことを思い出して、ぜひこのことを彼に問いたださなければと思った。
話しかけた時、最後に話をしたのはずっと前であったので、彼は意外そうだったが、それでも親しみを感じさせる笑みをうかべていた。
そこで勇気を得た私は、以前に話をしたときあなたはこういうこと言ったが、それはどういう意味だったのか、と丁寧に聞いた。
彼はキョトンとした顔をしていた。覚えてないようだった。
私は多少混乱した。
このバスの話も、もう10年以上前のことである。ついさっき久しぶりにこの夢と彼のことを思い出したので、忘れないうちに書いておこうと思いたったわけである。
逆の夢 水都 @funakid
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