🔮パープル式部一代記・第三十九話

 そして前出の『あの親父』こと、公卿、藤原実資ふじわらのさねすけは、「わたしは口を出す立ち位置ではないけれど! 分かってはいるけれど! だがしかし! もう限界! 藤壺の女房どもときたら目にするだけで、内親王ないしんのうと、親王しんのうの御教育に悪い!」そんなこんなで、彼は、どんと、中宮さまが住まう藤壺(飛香舎)へ、物申すことにしたのであった。


「ついでにの作者とやらにも、少し小言を言ってやらねば……」

実資さねすけどの?」


 そう、源氏物語への苦情も彼はため込んでいたのである。そして、話は再び伊勢大輔いせのたいふ藤式部ふじしきぶに戻る。


 ***


「それでさ、そのために特別に全員の装束を、ポンパドゥールが選ぶからって、さっきわたしもつぼね衣櫃ころもびつ(衣装ケース)をひっかき回されて……」

「わたし大丈夫、ひっかき回されるほど衣装持ちじゃないから……と言うか、わたしに小言とな……では、読んでいるのではないか親父め……」

「あ、ポンパドゥールがこっちにくるよ! きたきた!」


「きた……降りてきた……青空を――いやいや、大空を――かよふまぼろし、まぼろし……夢にだに――見え来ぬたまの行方たずね……よ……決まった……」

「えっ!?」

「ちょっと消えてくれる? いまやっと決めゼリフが降りてきた……かなり後なんだけど……」


 なにかが降りてきたらしき藤式部ふじしきぶは、筆を手にして必死に紙に向かいだし、やれやれといった表情の伊勢大輔いせのたいふは、やってきたポンパドゥールに、「ここの衣櫃ころもびつは漁りようがないですよ……墨がついたのしかないです……」そんなことを言っていた。


 どのみちうるさい実資さねすけがきても道長がなんとかしてくれる……藤式部ふじしきぶには、そんな算段もあったのだ。


 だがしかし、実資さねすけがきたその日、道長が現れたのは実資さねすけが帰って、「今日だけは『藤壺の悪目立ち三連星さんれんせい』(藤式部ふじしきぶ伊勢大輔いせのたいふ赤染衛門あかぞめえもん)は、かっこいいと思ったわ!」「それそれ! あのうるさい親父相手に、見事な布陣だったわね~~」「見事なり三連星さんれんせい! しっぽ巻いて帰って行ったね!」「藤壺に物申すだってさ! 三連星さんれんせいに蹴散らされたけどね!」なんて言いながら、疲れた疲れたと、みなが寝静まった真夜中、またまた必死になって藤式部ふじしきぶが執筆に励んでいたときであった。


 ***


……ちょっとすまんが……」

「誰……?」


 誰と言ってもなんて呼ぶのはあいつだけか……やれやれまた原稿の催促に……


 そう思いながらひょいと藤式部ふじしきぶが顔を上げると、よろけて入ってきた道長の直衣の袖口には、だらりと血が滴っていた。


「え? おい、バカさま!?」

「ゆかり、しばらくかくまってくれ……大げさにはしたくない……」


 思わずお互いに昔の名で呼ぶほどの状況であった。


「取りあえずここへ……」


 は例の「抜け穴」を開けて道長を隠してから、素知らぬ様子でまた物語を書いているふりをしつつ、御簾越しにあたりの気配を探っていると、いつもは邪魔なほど回っている警備がなぜか回ってこない。


 しかし、しばらくして見覚えのない顔の警備の役人が、ちらりとこちらの様子をうかがっていた。


『だれだあいつ?』


 新しく手に入れた手斧ちょうなが隠してある文机の下、うすい布に浮かぶ形を思わず視線だけで確認する。


 突撃生取材をする関係で、藤式部ふじしきぶは彼らの顔や規則的な見回りも把握していたが、絶対に見たことがない役人であった。


宿直とのいは沢山いるのに、役には立たないね……」


 普段はそう言って暗い笑みを浮かべている彼女であったが、「ここまでザルとは……」そんなことを思っていると、どこからかちょうど中宮大夫ちゅうぐうだいぶ斉信たたのぶが、「アレ忘れて帰ってしまった!」などと、騒ぎながらやってくる声が聞こえ、謎の役人はすいっと消えていた。


斉信たたのぶを呼ぶか?」


 小声で聞きながらこっそり穴を開けると道長がうなずいたので、藤式部ふじしきぶは、いきなり御簾をガバリと開けて、声も出せずに驚いている斉信たたのぶを自分のつぼねに引きずり込んでいる間に道長は穴から出てきて、「絶対に誰にも言うな」そう口留めしてから、斉信たたのぶといかにも長話をしに休憩所へゆく……そんな呈で姿を消していた。


「…………」


 ***


 関係のない話ではあるが、いま現在、いわゆる「原典」とされているのは少しあと、「親子で読める源氏物語」そんな依頼を受けて制作された、R指定の外れた作品である。


「こんなお子さま用はいらん!」


 中宮大夫ちゅうぐうだいぶ斉信たたのぶは帝にもご安心と喜んでいた友人で、蔵人頭の行成ゆきなりに、そうほざいたとの記録があるとかないとか……


 そして、なぜ、「(親子で読める)源氏物語」が生き残ったのかと言えば、「平安公卿長生き選手権」で、道長が実資さねすけに敗北したからであった。


 閑話休題



(※フィクションです)

  

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