🔮パープル式部一代記・第三十一話

 付け加えると、帝が悩んでいたその日、中宮・彰子あきこちゃんに会いにきた、そんな口実で藤式部ふじしきぶつぼねにも立ち寄っていた、彰子あきこちゃんの母、倫子みちこは、藤式部ふじしきぶに、「ここだけの話……外伝のモデルがいましてね……」そんなことを聞かされながら、ついさっき姪の大納言・ドゥ・ポンパドゥールに、「殿と藤式部ふじしきぶは絶対に怪しい!」そんなことを言われたのを思い出していた。ポンパドゥールは先に手を打とうとしたのである。


「う――ん、殿が足しげく通っているとは言うけれど、これはないわね! 殿がおっしゃっていた源氏物語の執筆をかしに、このつぼねにきているという話は真実ね。あの人あれでかなりのこだわり美人好きだから……」そんなことを考えていると、彼女は藤式部ふじしきぶに、ひそひそと耳打ちをされた内容に、美しくて長い幾枚も重なった十二単じゅうにひとえの袖で、目を真ん丸にしたまま口元を覆ってから、再び素早く母屋へ戻っていた。


「母君、お顔が安定しておりませんけれど、いかがなされました……?」

「えっ!? そ、そう!? い、いえ、大丈夫、大丈夫でございます……中宮さまに、ご心配をおかけするなどと、とんでもない……それよりも今日は女房たちに、歌合せでもさせて……」そんなことを言いながら檜扇で顔を隠した隙間から、じっと、和泉式部をしていた。


『なんでしょうこの視線……』


 そして、その日の夜もすっかり更けた頃であった。


 ネタをさあ……あっち、(源氏物語)に書いて表ざたにしてもいいんだけどさ……」そんなことを言いながら、例の「赤染衛門あかぞめえもんレポート」の写しをヒラヒラさせた藤式部ふじしきぶが、「まだ使ってないとっておきのネタもある……」そう言ってから真っ赤な顔の和泉式部に、いろいろと、「あとで役に立ってもらおうか……」そんなことを言いつつ陰気な顔にとした笑みを浮かべてから、どこからか「追い剥いだ」下働きの服装に着替えて、職御曹司しきのみぞうしの床下へ潜り込むべく無許可の取材をはじめる準備を済ませ、彼女の目の前から消えていたのは……。


「お、恐ろしい……なんて、恐ろしい女……」


 和泉式部はそんなことを思いながらもなんとか、「赤染衛門あかぞめえもんレポート」を取り返そうと、藤式部ふじしきぶつぼねに、彼女がおらぬ間に潜入を試みていたが、なぜかそこには、いつも藤式部ふじしきぶの娘、「汝梛子ななし」を連れた「宰相さいしょうの君」が、藤式部ふじしきぶに警備を頼まれ座っていたので、あきらめざるを得なかった。


「お任せください藤式部ふじしきぶさま!」


 藤式部ふじしきぶの熱烈ファンの宰相さいしょうの君は、こっそりやってきた和泉式部に、「え? なんで、藤式部ふじしきぶつぼねにいるの?」なんて聞かれても、「まだ自分のつぼねが片づかず許可をもらって、お邪魔させていただいております……それよりも和泉式部はいかがなさいました?」そんなことを言って、和泉式部を追い返し「暇だったら読んでいてもいいよ」なんて、推しの藤式部ふじしきぶがそう言ってくれた、まだ書いている途中で墨を乾かすために干してある最新の物語を丁寧に重ねて整えると、胸をいっぱいにときめかせながら、門番を兼ねつつ夜を徹して物語を読んでいたのである。


 まあ、たとえ寝過ごしたとしても、彼女は中宮さまの従妹であり、女院さまのお気に入り、誰もとやかく言えない立場であった。彼女は、すぐそばの小さい影に優しい声をかける。


汝梛子ななしちゃんには、まだ早いから、今昔物語を……」

「はあ……」


 そんなことを言われた女童めわらとして出仕したばかりの「汝梛子ななし」であったが、短期決戦、完徹で三日三晩の猛特訓を終えたところであったので、秒で、夢の中へと旅立っていた。


「あらあら、なんて可愛らしい……」


 宰相さいしょうの君はそう言うと、汝梛子ななしにそっと「ふすま」と呼ばれる掛布団を掛けてあげていた。


 ***


〈 時系列は、赤染衛門あかぞめえもんが捕まった日の職御曹司しきのみぞうしに戻る 〉


 その日、ドヤ少納言こと清少納言は、彼女には似合わぬ……そう、かつて、ゆかりであったときの藤式部ふじしきぶが貧乏なその時代、父、藤原為時ふじわらのためときに、「ほら、お前の好きなしなびた青菜」そう言われて、「好きで食べている訳ではありません……」そんな風に返していた、あの、「しなびた青菜」のように、すっかりとしおれて、女神ともあがめる皇后・定子さだこさまの前から帰ると、自分のつぼねに戻り、しょんぼりと一冊のはしが擦り切れた「本」を見下ろしていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る