🔮パープル式部一代記・第三十〇話

 帝も配慮する絶対権力者である道長が、自分の地位を盤石にするために、後宮へ送り込んだ中宮・彰子あきこちゃんが住まう藤壺、(飛香舎)が狭い訳はない。

 七殿五舎しちでんごしゃ、古くからある七殿はともかくとして、藤壺は五舎の中では最大規模を誇り、帝がお住まいの清涼殿にも近いことから、ことさら格式の高い住まいであり、広い庭には、藤壺、その名の由来通り、「藤」が植えられており、花の季節にはうたげも催される。


 しかし、「すまじき物は宮仕え……」その言葉が示すように、彰子あきこちゃんは広々と暮らしているが、前出のお話通り、伊勢大輔いせのたいふをはじめとした女房たちのつぼねには広さの限界があった。

 藤式部ふじしきぶなどは、「専属作家」の地位? があるためまだ広いくらいである。


 そんなこんなで少しずつ削られたせいで、ますます狭くなったつぼねにふたりは憤慨ふんがいしていたが、「赤いのはどこへ……?」その言葉ではじまった赤染衛門あかぞめえもんのよく分からない話に敏感に反応した藤式部ふじしきぶは、「なにかが拾えるかもしれない……」そう思い、伊勢大輔いせのたいふ宰相さいしょうの君に手伝わせて、たっぶり用意した墨の入ったすずりと、筆、そして、紙を束で丸めて袴の隙間にねじ込むと、染衛門あかぞめえもんが寝込んでいるという彼女のつぼねに、「お見舞いに参りつかまつりました……」そんなウソ丸出しの様相でそっと滑り込んでいた。


「さすがは、スペシャルベストセラー作家……あふれる作家魂……」


 宰相さいしょうの君は、その後ろ姿をそんなことを口走りながら拝んでいたが、「巻き込まれてはたまらない!」そう思った伊勢大輔いせのたいふは、宰相さいしょうの君を引っ立てるように、「ほら、取りあえず、中宮さまにご挨拶!」そんなことを言いながら、中宮・彰子あきこちゃんがいるはずの母屋に向かって行った。


 そして、寝込んでいた赤染衛門あかぞめえもんは、やはりおっとりとした様子で、「起き上がれなくて申し訳なくて……」そんなことを言いながら、先に言っておかねばと、「お預かりしていた、例のまとまりのない和泉式部の報告書をつぼねの間仕切り変更のときに、彼女に見つかってしまい……」などと詫びていた。


「えっ!? 和泉式部のアレが!?」


 藤式部ふじしきぶは思わず手にしていたすずりを落としそうになっていたが、「もう、ご用意はできていましたので……」そう言われて、赤染衛門あかぞめえもんの視線の先にある衣櫃ころもびつ(衣装ケース)を、墨と筆を置いて、ごそごそとまさぐると、さすがはメロス・匡衡 まさひらの妻、才の高さを広く知られる、そして、赤染衛門あかぞめえもんは、すでに資料のとりまとめは職御曹司しきのみぞうしへ行く前に完成させて、念のためにと沢山の赤い装束の詰まった、衣櫃ころもびつの一番下へ隠していたのである。


「赤いの……世話をかけたな……あ、出直した方がいい?」


 さすがの藤式部ふじしきぶも少し気を遣って、そんなことを言っていたが、「忘れる前に……」赤染衛門あかぞめえもんも、そんな学者魂を持つ存在であったので、他の女房たちは、すっかり日常の仕事に行ってしまったがらんとしたつぼねが立ち並ぶ一角で、先日の騒動の顛末てんまつを彼女は藤式部ふじしきぶに語っていた。


「なんだそれ……?」


 聞くんじゃなかった……普通の人間であればそう思ったであろうが、そこは地獄の根暗、物語に全集中の藤式部ふじしきぶ、袴の隙間から取り出した紙に、聞いた話を微に入り細に入り素早く書きとめると、衣櫃ころもびつの中から持ち出した紙の束と一緒に、右手にすずり、左手に紙の束、仕方がないので筆を口にくわえて、自分のつぼねに、ずるりずるりと袴を、ひこずって帰っていったのであった。


『まさに歩く狂気!』


 そんな様子の彼女であったが、幸いにも人は出払っており、目撃者はおらず、文机の上に、どさりと置いた紙の束を前に、しばらく悩んでいたが取りあえずの仕事(引っ越し祝いのアレ)を思い出し、自分のいつでも装束は、の「巨大な書物入れ」と化している衣櫃ころもびつの中にしまうと、さかさかと物語を書き出していた。


「取りあえずこれが片付いてから……」


 そして、part3は貫徹で翌朝仕上がっていた。和泉式部の赤裸々なR指定の情報満載で……


「うわあ……これは、これは……」


 土御門殿つちみかどどのでは届けられた「引っ越し祝い」に、女院さまはすっかり食いついており、まったく御几帳台から出てこず、いや、自主的に出てこなかったので、彰子あきこちゃんの母、倫子みちこもぴたりと横で付き添い看護という言い訳で、やはり離れずに覗き込み、「えっ! そ、そんな! まさかまさかの!」なんて小声で叫びながら貼りついて、横で読んでいたので、その報告を聞いた帝は、「やはりお身体が弱っていらっしゃったのか……引っ越しが、お身体の障りに……」そんな心配をしていたが、女院さまは、しばらくしてすっかり元気になったと聞いて安心していた。


「それにしてもなぜに定子さだこは……」


 帝はそう言いながら、夜になって、あの日、東三条邸から帰ったあと、職御曹司しきのみぞうしで起きた騒動を思い出して深くため息をつくと、仕事もこなさずにじっと畳の目を数えていた。最愛の定子さだこではあるが、彼女に関しては悩み多き毎日であった。


 ──∞──∞──∞──∞──

 □大切なお知らせ


 お手数ではございますが、フォロー、お星さま⭐、♡、レビュー、コメントなど頂けると、嬉しいです。よろしくお願い致します(〃ω〃)🐟🍃


 ──∞──∞──∞──∞──

  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る