🔮地獄の根暗・パープル式部一代記

相ヶ瀬モネ

第一章

🔮パープル式部一代記・第壱話

※🔮パープル式部一代記・お知らせ➡フィクション平安昔話です。主人公は後の紫式部、ちゃんです。以下本編です。


***


 平安の世に、学識高くも名ばかりの貧乏学者な貴族がいた。彼には娘がひとり、息子がひとりいる。他にもいるが、平安事情的にいろいろあって、同居生活している子どもはふたりだった。


 娘は、生まれながらに才能にあふれ、代わりにといってはなんであるが、実に根が暗く、ねたそねみだけを友とした、陰湿でジメジメした娘であった。才能とは、風変わりな者ほど宿りやすい。いや、才能があふれているからこそ、変わっているのかもしれない。


 どのくらいジメジメしているのかと言えば、ひと目、彼女が空を見上げれば、干ばつが疑われて、雨乞の予定が組まれていた。そんな晴れすぎて我が物顔にギラついていた太陽も、その視線には驚き瞬く間に姿を隠し、どっさりと大雨が降るほどにジメついて暗い、闇に引きずり込まれるような、陰湿な瞳の輝きと、情念を持つ娘であった。


 貧乏貴族の家には、高級品である紙が、学者である父親のために、必要最低限しかなかった。


 そんな訳で、余った紙などありはしないので、ヨレボロの御簾内みすうちで、几帳きちょうや屏風、ありとあらゆる古ぼけた家具に、娘は漢詩や経典の書き写しなど、なにかしらを、日々それはそれは美しい筆の跡で書き殴っていたので、ついには筆の跡が重なり過ぎて、家具は墨色に黒光りしていた。


 おなごが学のあるなどはしたない。ましてや漢籍などもってのほか。

 そんな時代ではあったが、そんなことはわたしの知ったことではない。そのような感じで貧しいながらも陰気な顔で、涙目で止める父から無理矢理大切な漢籍関係の本を奪い取っては、夜更けまで月明かりを頼りに読み漁り、疑問をもてば、諦めてぐっすり眠っている父を叩き起こして、明け方まで質問攻め……好き勝手に、ひたすら勉学に励む日々を過ごしていた。


 娘の父や兄は、「いつかとんでもないことをしでかすのではないか?」そう思うが娘のあまりの迫力になにも言えず、ふたりで肩を寄せあって震えおののいたような視線を、どこか暗い菫色の光に覆われている。そんな娘に向けるだけであった。


 娘の名は『ゆかり』後の『パープル式部・紫式部』である。


 ***


 ある日のことであった。父の藤原為時ふじわらのためときが、彼女の兄、惟規のぶのりに漢籍を教えていた。自分の後継者である惟規のぶのり為時ためときは、自分の持つすべての知識を教えようとしていたが、残念ながら息子は打ってもまったく響かない男であった。


 それを横目に、「どこか書く場所はないか?」そんな狂気じみた様子で、墨のたっぷり入ったすずり、そして筆を手に、いつものごとく御簾内をウロウロしていた娘のゆかりは、やはり知らぬそぶりで、やり過ごしていた父と兄の前に突然姿を現すと、右手に持った筆を床に振り下ろし、一気呵成いっきかせい、一言一句違わず、まだ彼女が知らぬはずの、さっきまで兄、惟規のぶのりが、うつらうつらと聞いていた父の漢籍、それも宋(中国)直輸入の新作を聞き覚えただけで、見事、床一面に書き切っていた。


 もちろん、床はすべて墨にまみれにはなったが……。


「あ……えっと、素晴らしい! あの、その、お、お前が男であったなら……うん、残念だ……」


 いや、男でもちょっと、かなり困難な性格であったかも……。


 ゆかりの才能に驚嘆しながらも、父はそんなことを考えつつ、前出の言葉を口にしていたが、ゆかりは床をじっと見つめ、それから床の上で置物になっている兄を凝視してから、やはり硯と筆を持って、どこかへと消えてゆく。


 その翌朝からのことである。兄の惟規のぶのりが、「今日から兄君が、ゆかりになればいいのよ」「はい?」「兄君、お勉強は嫌いでしょう? じゃあ、いいじゃない……」「え、でも、そればっかりは無理が……」「兄君……」そんな会話を妹のゆかりと幾度か繰り返し、とうとう日参する妹の情念と圧に負け、「僕がゆかりで、ゆかりが僕で……」そんな風に彼は訳が分からなくなり、いつの間にか納得させられてしまっていた。


 そしてそれから先は、ゆかりが惟規のぶのりと入れ変わってしまったのである。惟規のぶのり@ゆかりの誕生であった。


 父もはじめは混乱するばかりであったが、呪いをかけるがごとき、娘の眼差しにおびえ、なにも言えなかったし、母は、ゆかりの弟を産んですぐに弟と一緒に身罷みまかっていたので、彼女に歯止めはなかった。


 たったふたりの下男と下女は、ゆく当てもない者たちだったので、やはり貝のように硬く口を閉ざしていた。


 そんな、かなり危うい家に滅多にこない客がひとりきた。

 親戚の男である。惟規のぶのり@ゆかりは、なに食わぬ顔で挨拶あいさつをしてから、父の書物を隅で読んでいた。


「ゆか……い、いや、惟規のぶのりは、ようやくやる気を出してな……少し入れ込みすぎではあるが……」

「ほう、ようやくやる気を出したのか……あれ? なんだか少し小さくなっていないか?」

「きっ、気のせい!」

「気のせいですよ……」


 時々たずねてくる又従兄弟で、父とは兄弟のような付きあいのある藤原宣孝ふじわらののぶたかは、少しおかしな感じがしたが、たまにしか会わない上に、ゆかりの奇行癖はひた隠しに隠されていた。


 そして彼は、なんでも明るく流してしまう男であったので、「そうか! 気のせいか! しばらく会ってなかったからな! それより、お前、勉強熱心はいいが、家中に書き殴ってどうするんだよ? 勉強も、ほどほどにな!」そんな風に大笑いをしながら帰って行った。


 宣孝のぶたかは、のちに、ゆかりの夫になる予定ではあったが、もちろん、それは今現在、誰も預かり知らぬことである。


「……計算通り」

「…………」


 にたりと笑う、惟規のぶのり@ゆかりに、父は苦悩したが、子どもはまだ六人いるので、な、なんとかなるか……そう思い、「最悪、出家させればいいかな……」なんてことを考え、やはりゆかりの瞳が放つ、じっとりとした視線の圧に負け、「ゆかり」を「惟規のぶのり」と呼ぶ暮らしに慣れてゆき、やがて、惟規のぶのり惟規のぶのりで、すっかり御簾内でのんびり暮らす生活に慣れてしまい、「わたしは、ゆかり! ゆかりで――す!」なんて、すっかり学びを放棄してしまったので、もうどうにでもなれとばかりに、惟規のぶのり@ゆかりに、英才教育をしていた。


 まあ、打てば響く、自分で自分のことを、「出藍の誉れ」なんて言っちゃう、ゆかりの方が教えていて楽しかったのも、事実やもしれない。


 それからときは流れ、寛和弐年(986年)花山天皇の退位に伴い、父の藤原為時ふじわらのためときはついに貧乏貴族から無職貴族になってしまい、そのとき実年齢八歳であった惟規のぶのり@ゆかりは、底なしの「貧乏貴族の子弟」になってしまっていたが、「幼き身でありながら、すでに父に迫る学識」そんな評判が立っていたので、「才もあるだろうが、よほど父である為時ためときどのは、教えるのが上手なのであろう」そんな評判もあったので為時ためときは有力で裕福な貴族のやかたに呼ばれては、「子弟の家庭教師」をするようになり、元祖? 為時ためときに教えるよりはそれは遥かにたやすかったことと、「もっと紙があったなら……それなのに無職無収入……父君は無職無収入……もういっそのこと……床板を外して裏返すしか書く場所がないかもね……」そんな言葉をやはり墨のたっぷり入った硯、そして筆を手にぼそりとつぶやく惟規のぶのり@ゆかりの、ジメジメとした陰湿な瞳に日がな一日ずっと凄まれているよりはと、彼は彼なりに頑張ってどうにか生活を支えながらうす暗い月明かりの下で、やはり自身の勉学にも励んでいた。


***


〈 後書き 〉


※なぜに「ゆかり」かと言えば、ふりかけからのオマージュです。「ゆかり」を食べると大人になった気分を味わえた子ども時代……そして、誰かを彷彿とさせられるあの色味。


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