第10話

それから三十分程度漫画を読み漁っていると、またインターフォンが鳴った。画面を覗くと丞が立っていたので玄関の扉を開いて顔を出す。


「どうした?」


「よっ。可愛い服を着てる可愛い真雄を見に来たぜ。」


あっ、すっかり忘れてた。今日藍沢さん命令で女物の服きてるじゃん。


幸い顔を出しただけで、体を晒した訳では無いので服装は見られてないと思う。


「帰れ!」


「待て!」


勢いよく扉を閉めようとしたが、丞の手が伸びてきて抵抗された。


「お前ほんとに帰れ!お前に見せる物はなんもねえよ!」


「オレは有る!」


「無えよ!しつけえ!」


俺がどれだけ力を込めて扉を引っ張っても、一向に手を離す素振りを見せない。それどころか、こっちが先に力らつきそう。


「お兄ちゃん?どうしたの?」


「麻倉君?騒がしいと思ったら何してるの?」


どんちゃん騒ぎを聞きつけて、二回から女子二人が呑気に降りてきた。


「取り敢えず手伝って!」


猫の手も借りたい状況なので、増援はありがたい。そう思ってたのに...


「お、夕佳ちゃん?このドア開けるの手伝ってくれない。」


丞の一言で夕佳は扉を開こうとするせいで、状況は最悪。となれば、最後の希望藍沢さん。


「私は手伝わないよ。」


俺が藍沢さんを見るとそっと一言。そして、俺と丞の争いはついに決着を迎えた。


「お邪魔しまーす。」


「丞さんいらっしゃい。」


なんでそんなに嬉しそうなんですか?妹よ。丞を歓迎するよりも先に兄をいたわるべきでは?


「立ち上がれ真雄。」


「嫌だ。俺よりも丞に加勢した夕佳のせいで今から辱められるんだ。」


「人聞きが悪い!お兄ちゃんと丞さんでお兄ちゃんの味方するわけないじゃん。ほら立って。」


そんなにお兄ちゃんのこと嫌い?あー、手引っ張るの辞めてよ。


「うん!想像以上に可愛いぞ!」


「嬉しくねえ。丞に言われてもきもいだけだし。」


「素直になれよ。褒められて嬉しいだろ。」


「最初から最後まで全部素直な気持ちだ。」


くそっ。男のときはかっこいいなんて言われたこと無かったのに、女になった瞬間可愛い可愛いってなんでだよ。


「これだけ、可愛いって言ってやってんのに、まだ慣れねえか。」


「慣れたくないんでな。」


「でも、麻倉君最初の頃に比べたらかなり丸くなったよね。」


「それは慣れたんじゃなくて、諦めただけだから。」


そう。本当にそれだけで裏なんてひとつも無い。ことある事に可愛いと言ってくる丞に、いちいち反応しても面倒だから、諦めて聞き流すことにしただけだ。


「なら、これからも言い続けて問題無いな。」


「誰も言い続けて良いなんて言ってねえよ。」


真面目な顔して何言ってやがるんだコイツは。はあ、辞めろって言って聞く奴なら良かったのに。


「あ、そうだ。写真撮ってもいいか?」


「ダメに決まってんだろ!スマホ構えんな!辞めろ!」


抵抗虚しくパシャリと一枚撮られてしまった。ところで、その写真どうするつもりなんだろうか?まあ、変なことには使われないだろうし、どうでもいいか。


「そうだ!丞さんも勉強見ていってくれませんか?」


何言っちゃってんの?コイツはこのまま家に帰らせるんだよ。


「良いの?邪魔じゃない?」


「寧ろ大歓迎ですよ!」


夕佳が、確認を求めて藍沢さんを見る。


「いいと思うよ。それで夕佳ちゃんが勉強を頑張れるのなら。」


俺は、夕佳が小さくガッツポーズをしたのを見逃さなかった。というか、


「丞と成績近いしお兄ちゃんでも良かったんじゃ...」


「うるさい!お兄ちゃんは黙ってて!」


えぇ、そんなに怒らなくても、俺だって夕佳の役に立ちたいなと思ってのことだったのに。やっぱり用無しみたいだな。大人しくしときます。


そして、夕佳は藍沢さんも丞から同じ部屋で勉強を教えて貰っているのに、俺は一人寂しく漫画を片付けて勉強を始めた。


「麻倉君?入ってもいい。」


「どうぞどうぞ。」


また遠慮がちに部屋に入って来た藍沢さんはさっきと同じ位置に座った。しばらく会話は無くペンの擦れる音と時計の秒針の音が空間を支配した。


「あのさ。夕佳ちゃんって小金井君のことどう思ってるの?」


夕佳たちのいる隣の部屋に聞こえないように、顔を寄せて小声で聞いてきた。


「知らん。仲のいいお兄ちゃんとかじゃない?」


顔近い。平静を装いながらも内心ドキドキしている。藍沢さん自分の顔の良さに無自覚だからな。


「分かんないんだ。てっきり小金井君のことが好きなんだと思っちゃった。でも、麻倉君が分からないって言うのならそうなんだろうね。」


丞が好き?無い無い。え?無いよね?でもまあ、相手が丞ならまだましか?一番ダメじゃない?女誑しだぞ。


「そ、そうだよ。まさか...ねえ。まさか丞が好きなんて...」


「動揺しすぎで声震えてる。」


藍沢さんに笑われてるけど今はそれどころじゃない。


「ちょっと隣行ってくる。」


「ちょっと、邪魔したらダメって言ってるでしょ。今は真面目に勉強してるから。」


今は?じゃあその前は?


「止まって。さすがに妹の恋路に口出すのは良くないよ!夕佳ちゃんに嫌われても知らないよ!」


嫌われる?夕佳に...?


「突撃しなくて偉いよ。そもそも、まだそうと決まった訳じゃないんだし、落ち着いて。」


「はい。落ち着きました。後で丞を問い詰めようと思います。」


事と返答次第によってはどうなるかは知らん。


「それにしても、まさか麻倉君がシスコンだったなんて。ごめん...面白くて。」


藍沢さんが腹を抱えて声を押えながら笑っている。藍沢さんが笑ってくれるならシスコン扱いも悪くは無い。


たが、一つだけ訂正を入れさせていただきたい。


「俺がシスコンなんじゃなくて、夕佳がブラコンなだけだ。俺は普通に接してる。」


「その...その言い訳は無理があるよ。」


藍沢さんはしばらく笑い続けた。何がそんなに面白いか全くわからないが、藍沢さんの笑顔を見ると幸せな気持ちになれるのでもっと笑ってくれても良かった。


「でも、夕佳ちゃんがブラコン入ってるのも分からないでもないね。」


「だろ。だから仕方なくシスコンしてるだけだ。」


「何が仕方ないのかわかんないけど、まあそうだね。」


ああ、藍沢さんが思考を放棄しちゃった。


「真雄、オレ帰るわ。委員長さんはどうする?」


「私は最後に夕佳ちゃんに伝えることあるから、それだけ言って帰る。」


「あい。気をつけて。」


「小金井君も。」


あれ?丞が家主だっけ?そういうのって俺の役じゃね?


「お邪魔しました。また来るな。」


「おー、いつでも来くれて良いぞ。」


ドア越しにする会話じゃないと思うが、このくらいがちょうどいい。


「ちょっと待っててね。」


そう言って、藍沢さんが夕佳の部屋に行き五分ほどして部屋を出てきた。


「ごめんね。長い間お邪魔しちゃって。」


「全然良いよ。こっちがお願いしたんだから。」


「夕佳ちゃんも勉強頑張ってるから、応援してあげてね。また、勉強教えに来るね。」


「うん。お願いします。応援はずっとしてるよ。」


応援くらいしかすることがないから、ずっと心の中でしてる。


「バイバイ。また学校でね。お邪魔しました。」


「バイバイ。今日はありがとう。」


そして、丞と藍沢さんが帰っていって、家の中が一気に静かになった。ちょっと寂しかったりする。

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