TSっ娘は可愛いを望まない
浅木 唯
第1話
「おい、この美少女は一体誰だよ。」
ある日、目が覚めて鏡の前に立つと、目鼻立ちの整った肩にかかる程長い黒髪を持った女の子がいた。その美少女が俺、
『TS症候群』とは、
約二年ほど前突如として現れた未知のウイルスによる男の女体化。それも二十五歳以下十三歳以上の男しか罹らない厄介な病気。その上、二十五歳を超えても男には戻らないらしい。ただ、今現在の罹患者は日本全国で五十万人程と多くは無い。感染症でなかったことが幸いした結果と言える。
「お兄ちゃん。いつまで寝てるの?」
「
鏡の前で固まっていると、妹の夕佳が部屋に入って来て俺の顔を見て目を見開いた。
「お母さーん!知らない人がいるー!」
俺が二の句を告げる前に、そう叫んでバタバタと階段を降りて行った。
俺は、ひとまず制服に着替えて妹を夕佳を追って階段を降りて母さんの元へ向かった。胸元が少しキツかったがあっさりと着ることができた。
「あら、夕佳が知らない人って言うから誰かと思ったら、真雄じゃない。」
「あ、母さん。俺、例の病気みたいだ...これからどうしよう、」
「そんな深刻そうな顔しなくてもいいじゃないの。せっかく可愛くなれたんだから楽しみなさいな。」
「そんなものかな...?」
母さんはいつもこうだ。楽観的で行き当たりばったり、でもこんな時は不思議と悩みも吹き飛ぶ。
「まぁ、いつかは戻れるかもしれないから、今は女の子を楽しんだら良いと思うよ。」
「そっか。母さんありがとう。」
どうやらたった今、生まれた俺の悩みはちっぽけだったみたいだ。俺が女子になった事実を受け入れることはできないが、貴重な経験として受け取っておく。
「じゃあ、これからはお兄ちゃん?それともお姉ちゃん?どっちが良い?」
「お兄ちゃんで頼む。」
これには、お兄ちゃんだと即答する。流石にお姉ちゃんと呼ばれるのは辛い。
「ふーん、ま、わかったよお兄ちゃん。」
そんなに不服そうな返事をしないでもらいたい。夕佳は
お姉ちゃんが欲しかったのかもしれないが、お兄ちゃんはお姉ちゃんになりたくないんだ。
「真雄、これお弁当。」
「ありがとう。いってきます。」
母さんが弁当を手渡してきたので、時計を見てみるといつも家を出る時間になっていたので、慌てて顔を洗って家を出た。
「すまん。ちょっと遅れた。」
「ん?誰だお前?」
「俺だよ。麻倉真雄。例の病気にかかったみたいで女になっちまった。」
「ほーん...例の病気のせいか。確かに雰囲気は変わってねえな。」
「なんだ?やけに冷静だな。ちょっとは良いリアクションを見せてくれるかと思ったんだがな。」
「いやぁ、胸はあんまり大きく無いんだな。」
「お前っ!何言ってんだ!」
この失礼な奴は、幼馴染で一番気のおける友人と言って差し支えない親友の
「チッ。」
「なんで急に舌打ち。」
「相変わらずくそイケメンでムカつくなと。」
「はっはー。それを言うなら真雄なんて可愛くなったじゃねえの。」
「可愛いって言うな。二度とだ。」
母さんに可愛いって言われた時には無かった不快感が、丞に言われた瞬間、一気に込み上げてきた。
「そんなに嫌だったか悪い。でもよ、お前が女でいるうちはずっと言われると思うぞ。」
「だよなぁ。でも、丞に言われるのが嫌だっただけかも知んねえし、その辺はあんまりわからん。」
如何せんTS症候群含めて、わかっていない事が多すぎる。自分のことでここまでわからないことが多いってのが、ここまで不安になるとは思わなかった。
「大丈夫だ。なんかあったら相談ぐらいはのってやるよ。」
「丞...」
「お礼にスリーサイズは教えて貰うけどな。」
「てめぇ!最低すぎるぞ!教えるわけねえだろうが!」
「痛えっ!」
ケツにキックをお見舞いしてやった。しかし、一瞬でもこいつにトキメキかけた自分が恥ずかしい。こいつには何があっても相談なぞしてやらん。
「あ、そうだ。学校着いたら職員室まで付き合ってくれ。」
「そうだな。先生には言っとかないとな。俺は、真雄の証人ってとこか。」
「悪いな。本当は、学校に電話して親と行かなきゃならないんだろうけど、すっかり忘れててよ。」
「そのくらいお易い御用だ。その代わり...」
「言わせねえよ?お前、もう黙ってろ。」
校門をくぐり学校の先生からあんな生徒いたかな?という視線をひしひしと感じながら職員室に入室し、丞と一緒に状況を説明し、後日親と一緒に学校に来ることを約束して、通常通りに学校に来れるようになった。
「はぁ、今日ほど丞と同じ教室が良かったと思った日は無いな。」
「こればっかりは仕方ねえな。ま、頑張れよ。」
そう言って丞は自分の教室に入っていった。
「他人事だと思って...」
思わずそう愚痴を零してしまった俺は、悪くないだろう。できればこのまま帰ってしまいたいが、そういう訳にもいかないので、意を決して教室に一歩踏み入れた。
「ッ...!」
案の定と言うべきか、クラスメイトからの視線が痛い。あいつ誰?と言っているのが伝わってくる。それは、俺が自分の席に座ると更に強くなった。
「あなたは、麻倉真雄君で良いの?」
俺があまりの視線に肩をすぼめて肩身狭く座っているとクラスの委員長が話しかけてきてくれた。
「あ、そうです。性別ごと変わっちゃったけど、正真正銘麻倉真雄です。」
「そうなの?だったら問題ないね。大変だと思うけど、何かあったら気軽に相談してくれていいよ。」
「うん。ありがとう藍沢さん。」
藍沢さんが、自分の席に戻るとチャイムがなって先生が教室に入って来て、俺の状況についてサッとクラスに説明した。他クラスでも同様の説明がされているらしい。これで、一旦は突き刺さる視線に耐えなくていいと胸を撫で下ろす。
それからは、多少奇異な視線を向けられることはあれど、基本はそっとしておいてくれたお陰で、平穏に一日を終えることができた。
「あの、麻倉君は、下着って持ってるの。」
チラホラと生徒が帰り出すと、話が話なだけに、藍沢さんが小声で話しかけて来た。
「持ってない。」
「今日は、付けてないって事?」
「うん。そうなるね。」
「そうなるねじゃないよ。持ってないんだったら、今度の休みに一緒に買いに行きましょうか。だから、それまでは...」
「妹のやつでも借りるよ。」
「そう?ならいいんだけど。」
そんな俺たちのデリケートな会話の最中に空気の読まない男が一人やって来た。
「真雄!何してんだ。早く帰るぞ。」
「丞。ちょっとは場を弁えた方が良いんじゃねえのか。」
「何言って...あ、なんかごめんなさい。」
藍沢さんの一睨みで丞が大人しくなった。
「おお、すげえ。」
普通に感心してしまった。
「それじゃあ、連絡先だけ交換しよ。また連絡するね。」
「あ、うん。またね。」
そうして藍沢さんは帰って行った。藍沢さんの姿が見えなくなってから丞が口を開いた。
「おい。どうしたんだよあの子。早速引っ掛けたのか?」
「そんなんじゃねえよ。引っ掛けたとか丞じゃないんだからしません。良くしてくれてただけだ。」
「なんだ。つまんねえの。いい感じなのかと思ったのによ。」
「つまんねえってなんだよ。まともに話したの今日が初めてだぞ。」
今までは業務連絡くらいしかしてこなかったから、藍沢さんが話しかけて来てくれたのは素直に嬉しかった。一人は心細かったからな。
「まぁまぁ、とにかく帰るぞ。」
こうして俺のTS生活の一日目が終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます