第6話
いつもよりはるかに早い時間に教室に着く。学校に行っていいのか分からなかったが、かといって何をしたらいいのかも分からない。家にじっとしてもいられず、結局電車に揺られてここまで来てしまった。誰もいない教室で自分の席に座り、呆然と黒板を眺める。遠野の席はいちばん前の列の左端。当然、そこには誰もいない。昨日と何も、変わらない。
ぽつぽつ皆が登校してくるが、遠野は姿を見せなかった。いつもは何時頃に来てるんだっけ。そんなことも知らないんだな、俺。べたーっと机に突っ伏す。眠いのに、全く眠くならない。体がおかしい。ただ周りの声が意味もなく頭に響く。
「えっ、結衣どうしたの」
誰かの声に顔を上げると、遠野がバッグを肩から下ろすところだった。腕と足に包帯を巻いている。端から覗く隠しきれない赤黒い痣が痛々しい。
「ちょっと、転んじゃって」
「え、大丈夫なのそれ」
困ったように笑う遠野の表情はいつもと変わらないように見える。一瞬目が合った気がしたけど、すぐ友達に向き直ってそれからは一切こっちは見なかった。そのうち先生が来て、いつも通りの授業が始まった。昨日のことがなかったみたいな教室の中で、階段から落ちた時に付いたであろう遠野の痣だけが、あれは現実だったと主張している。
遠野は何を考えているんだろう。昨日のことは誰かに伝えたんだろうか。少なくとも親には言った?娘が包帯で隠すほどの怪我をして帰ってきたら、普通の親だったらガン詰めするだろう。何で俺には何も言わない?自分でやっといて何だけど、警察に相談する案件じゃないのか?疑問が浮かんでは消えていく。遠野はまっすぐ黒板を見て、普通にノートを取っている。わけがわからない。とりあえず遠野が生きていたのは良かったけど。いつも通りの教室に座っていたら、今更になって眠気に負けて午前中はずっと寝ることになってしまった。
昼休みになってようやく少し頭がスッキリしてきた。とりあえず先生に呼び出されるとか警察が来るとかってことはなかった。こうなると、また昨日の出来事は全部夢だったんじゃないかという思いが頭をもたげてくる。遠野の痣は、本当にただ転んだだけなのかも?あんなことをした奴と同じ教室にいるなんて、普通は耐えられるはずないよな?
「結衣ー」
「今行くー」
友達に呼ばれた遠野が教室を横切っていく。ごく当たり前に俺の机の前を抜けて、窓際の友達と一緒にお弁当を広げだした。俺も飯食うか、とバッグを漁ってからふと机の上を見ると、小さな紙が落ちていた。
『放課後
昨日の所』
かわいらしい文字でそれだけ書かれたノートの切れ端は、現実から逃げるなと俺に告げていた。
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