情愛

@wandafuru_aaa

情愛

 情愛 … 深く愛する気持ち。愛情。なさけ。「夫婦の―」


 その日は私が彼の誕生日を祝うはずだった日の夜。会ったばかりの彼を祝うはずだった日の夜。私の心に深く残った彼の誕生日。

「人を愛すというのは簡単なものではありません」

彼は、誕生日ケーキの上で蠟燭が照る暗がりの中でそうつぶやいた。

「えぇ。そうね」

私は彼と向き合いながらそうつぶやいた。

私たちを妙な空気が取り巻いている。肺が凍りそうな冬の夜風が戸の隙間から吹いてくる。

「私たちは、愛し合うことが出来ていると思いますか?」

私はそう聞いた。彼は何も言わずただ私を見つめるだけ。とても短い沈黙が流れた。

蝋が燭台に垂れているのが目に入る。ゆっくりと。ゆっくりと。

「そう。何も答えないのね」

彼の心を察した私はそう言った。少しの皮肉と悲しみを込めて。それを聞いた彼はゆっくりと口を開く。

「答える必要なんてあるはずがない」

再び彼私たちを妙な空気が取り巻く。夜風に吹かれ蝋燭に灯された火が消えそうなほど激しく揺れる。目の前で揺れる蝋燭の暖気が私たちを照らす。

「あなたが私を愛してくれるのは、どうして?」

「情愛だろうか。はたまた、それは愛着だろうか。それは僕にもわからない」

「嘘がお上手だこと」

冬の小部屋で蝋燭がゆらゆら揺れている。蝋がゆっくりと垂れている。肺が凍るような夜風が私たちを冷ます。

彼は少し躊躇った様子で口を開いた。

「…私は、貴女だけを愛すことが出来なかったのです」

そう彼はどこか苦しそうに言う。冬の夜風が戸の隙間から吹いてくる。蝋燭の火は消えそうなほどに揺れ動いている。ゆらゆら。ゆらゆらと。蝋は燭台に垂れている。ゆっくり。ゆっくりと。


 私たちの出会いは大学だった。だけど、あたらしい出会いがある春ではなく、すっかり新生活に慣れた冬に行われたサークルの飲み会だった。

彼ではないが、サークルの中にいた男の子の誕生日を祝うための飲み会だった。

居酒屋の粋な演出で誕生日の彼にケーキが届けられた。

「おめでとーございまーす!」

居酒屋の店員と盛り上がっている人たちの声がお座敷に広がる。

サークルにあまり馴染めていなかった私は、烏龍茶を片手に端のほうから遠くで揺れる誕生日ケーキの蝋燭を眺めるだけだった。

 だがそれは彼も同じだった。彼はめったにサークルには来ないのだが、珍しく今日だけサークルに参加したのだ。しかし運悪くサークル終わりに帰ろうとしていたところを陽キャにつかまってしまったらしく帰りそこねたのだった。

「ねぇ」

彼のほうから急に話しかけてきた。

「はい?」

「ちょっと、これ抜けるの手伝ってくれない?」

正直いやな予感がしたが、私もこの空間から今すぐにでも逃げたかったので、しぶしぶ承諾した。

「すみません、幹事さん。俺らちょっと抜けますね。これ、お金です。」

「お?なんだお前。めったにサークル来ないくせにそういう時だけ積極的にいくのな!」

「じゃ、すみません。お先に」

若干酔った幹事の戯言には目もくれずそそくさとお座敷を出て行ってしまった。私はそれを後から追いかける。うしろのほうから何か茶化すような声が聞こえたがそれを無視して速足の彼を追いかけた。

「ちょっと!」

店を出たとこで彼はゆっくり口を開いた。

「じゃ」

「え、えぇ。また…」

正直このままホテル街に連れ込まれるのではないかと心配になったが、その心配も杞憂に終わり、彼はそそくさと夜の街に消えてしまった。

「あ、名前教えてよ」

「明菜だけど。新田明菜」

「明菜、歌上手そうな名前だね」

歌姫じゃありませんというツッコミをする前に彼はどこかに消えてしまった。

「どういうことよ」

 後から聞いた話だが、彼の名前は松井裕。授業には普通に出ているらしく、二外の授業や、経済論の授業でたびたび目撃されているそうだ。しかしめったにサークルには来ないそうで、うわさでは下北沢にある劇団に所属して役者をしているからとか…。私とは学部も学年もちがうから彼に会うことはなさそうだ。ちなみに、次のサークルでいろんな人からその後どうなったか質問攻めにされたのは言うまでもない。


 それから数か月。暖かい空気を感じる時期、友達に誘われ服を見に来た。下北沢に…。服くらい一人で買えばいいのにと内心思いつつ数少ない友達の為だと思い付いてきた。あっち行ったりこっち行ったり、移動する範囲は狭いのに、見るお店が多かったりするせいでとても疲れる。しかもどの店も狭いうえに古着独特のにおいがして気分が悪くなる。古着なんて何がいいんだか。私は普段プチプラしか着ないし、古着なんかにお金は使いたくない。

「春香―、ちょっと休憩しない?」

さすがに疲れた私はそう提案した。十軒ほど店を回ったころだろうか。よくもまぁいろんな店を知っているものだ。

私たちは近くのカフェに入ることにした。下北沢とか高円寺とかにありそうなちょっとおしゃれなコーヒー一杯で七百円くらいしそうなカフェだ。どちらかというと喫茶店といったほうがイメージにはピッタリだろうか。七十歳くらいのおじいちゃんが営む喫茶店で、メニューの値段を見て目が飛び出そうになった。取り敢えず二人でコーヒーを頼んでこの後どうするかを決めることにする。

「ねぇ、コーヒー一杯で千百円だって。高くない?」

春香にそう小声で言うと

「そう?この辺なんてそんなもんだよ?」

そうなの?下北沢のコーヒーってそんなに高いの?いいや嘘だ。コーヒーでそんなにする方がおかしい。絶対に。そんなことを考えているうちに、コーヒーが目の前に置かれた。頼んでしまったものは仕方ない。しっかり味わうとしよう。

「…とりあえずこの後どうする?」

「んー。あんま決めてない。どっか行きたいとことかある?」

あるわけない。正直下北沢なんて無縁だ。元カレに連れられ駅からちょっと離れたとこにあるバンドハウスに連れてこられたくらいだ。

そんなことを思いつつ何か言おうと考えるが、なにぶん何も知らないがゆえに何も言えない。そこでふと、別の友達から聞いた彼のことを思い出した。

「演劇…」

「え?」

「あぁ、いや、サークルにあんまり来ない人いるじゃん?」

「あの、飲み会の時一緒に抜け出してた?」

「いや、まぁ、そう。」

なにか語弊のある言い方だが、あながち間違いではないのでそれでいいだろう。

「あの人がどうしたの?」

「いや、なんか彼、下北沢にある劇団で役者やってるらしくて。」

「ふーん。演劇ねぇ。」

「いや、別に行きたいとかじゃないから!」

「いや実は私すこし興味あるんだよねー。」

そういいながら春香はおもむろにスマホ取り出し、調べ事をしだした。

「あ。ほらこれとかおもしろそう。」

劇団ミリだら『愛。藍。哀。』画面にはそう表示されている

「これ観に行こーよー」

仕方ないから観に行くことにする。別に彼がいるわけでもないのに、余計に彼を思い出してしまったせいでよくわからない劇を観に行く羽目になってしまった。

「ここらしい」

「駅から遠くない?」

「それなー」

あまりにも遠すぎる。二十分くらい歩いた。しかも道が入り組んでいるせいで余計遠く感じる。

「すみません。この演目のチケットありますか?」

「一人五千円ね」

「はーい」

演劇のチケットがこんなにするとは知らなかった。

「はいこれ。チケット」

「あごめん。ありがと。これ、お金」

「はい!たしかに!」

「チケットって意外とするのね」

「いいから!ほら行くよ!」

劇場の中に入ると、閑散とした客席が目に入る。

「人、いないね。」

「ね。いないね。」

「上演まであと二十分あるし、これから来るでしょ」

そう思っていたのも束の間、上演時間になって来たのは私たち以外に数組程度だった。しばらくして暗くなり幕が開いた。

「あぁ。どうして貴女はそんなにも美しいのか!」

 主人公が舞台の真ん中で叫ぶ。しかしその主人公に若干の既視感を覚え、よく見るとその主人公はサークルの彼だった。驚いて友達のほうを見ると、気づいていないという様子。劇中に話して教えるというのはマナー違反な気がしたから何も言わないが、あれは間違いなく彼だ。気づいたらあっという間に劇が終わってしまった。

「なんか、すごかったね。」

「なんか、ね。それよりさ。主人公の彼、サークルのあの人だよね」

「うそだぁ。偶然観に来た劇団で役者をしてたのが、以前お持ち帰りされた彼だな  

んてありえないよ~」

彼のこと気になってるのかと言わんばかりのにやにや顔でそう煽ったような口調で言ってくる。

「お持ち帰りはされてないけど、絶対にあの人だよ!ポスターの名前は、健太だから違うけど、多分芸名だし!」

「はいはい。じゃあそういうことにしておきましょうねー」

春香の反応に納得いかなかったが、それは飲み込んで、後日見かけたら聞いてみることにしようと思う。


 とある日の十時ごろ。私は春香と大学近くのカフェでだらだら話していた。

「なんで二限と三限の為に大学こなきゃいけないのよー」

「恨むならキモイ履修登録した過去の自分を恨みな」

「過去の私~ふざけんなぁ~」

水曜日になるとこの愚痴を毎回春香から聞かされる。

「じゃ私、二外の授業あるから。」

「いってらー。私も二外、中国語にすればよかった―」

 私はそんな嘆きを後に二号館の三階に向かった。

「キャッ!」

角を曲がろうとしたとき、誰かにぶつかってしりもちをついてしまった。まるで、少女漫画にある運命的な出会いのような状況。

「ごめんなさい。けがはありませんか?」

「いてて。大丈夫です。すみません」

「あれ?」

「え?」

ぶつかったのはまさかの、サークルの彼だった。

「えっと、明菜、さんだよね?」

「はい」

「えっと、この前、来てくれたよね?」

「え?」

「あぁ、いやあの、劇団の」

まさかの彼のほうから切り出してきた。しかもバレてたし。

「え、あ、はい。でもどうして知ってるんですか?」

「前のほうに座ってたから意外と見えたよ」

「あ、なるほど。」

「でも、どうしてあの劇団だってわかったの?」

「いや、友達と下北沢で演劇見ようって話になって、たまたま入ったのがあそこ    

 だっただけで。ほんとに偶然、たまたま、裕先輩の劇団だったんです。」

「え、なんで名前知ってるの?」

「あ。サークルの子から聞きました。えっと、あってますよね?」

「あってるけど、えっと、劇おもしろかった?」

「はい。とっても」

「ほんとに?ありがと。って、ごめん。俺はやく行かなきゃ。じゃあね」

「は、はい」

 授業のあと、春香と合流した私は彼と少女漫画的な遭遇をしたことを話した

「ふーん。なに?その少女漫画みたいなのは」

「そんないいもんじゃない」

「なに?恋に落ちちゃいました?」

「なわけないでしょ」

どうしてこの子はすぐ恋につなげるかな。下北行ったときも似たようなこと言ってた気がする。

「ま、いいや。三限いこー」

「明菜さーん。話をそらさないでー」

「ほら。遅れるわよ」

「ねーねー明菜さーん」

「はやく行きなさい!」

「はーい」

すこし早歩きでキャンパス内を歩く

「にしても、ほんと少女漫画みたいな話よねー」

「ほんとにね」

「あ」

「あ。噂をすればじゃん」

まさか彼が目と鼻の先に現れるとは

「あれ?明菜さんじゃん。さっきはごめんね」

「いえ。大丈夫です。先輩こそ大丈夫でしたか?」

「大丈夫だよ。あ、そうだ。さっき言い忘れてたんだけど、これ」

彼はそういいながらスマホに表示されたQRコードを見せてきた

「連絡先、おしえてくれない?」

「いいですけど、どうして?」

「次の劇も見に来てほしくて」

「え?」

「いや、連絡先知ってたら劇の情報おしえられるなーって」

隣で静かにしている春香がにやにやしながらこちらを見ている。

「迷惑ならいいんだけど」

「いいですよ。」

そういいながらスマホでQRコードを読み込む。画面にはアイコンと裕という文字が表示された。

「ありがと!もうちょっとしたら今の劇の千秋楽だから、次の劇の情報わりとすぐ教えられるかも。あ、もちろん情報解禁したあとだからね」

「はい。ありがとうございます。」

「まぁでも、うちの座長せっかちだから、すぐ情報言えるになると思うよ」

「そうなんですか?」

「そう。すっごいせっかち。しかも人使い荒いし、酒癖もわるいんだよね」

「なのに、その劇団で、えっと。ミリだらでしたっけ?そこで演劇続けるんですか?」

「うん。俺が中学生のころ、初めて演劇を見たのがうちの劇ですごい衝撃を受けたんだ。すごく作りこまれた舞台装置に役者の一挙一動やセリフにぴったり合わせて音をだす音響に、役者を最大限まで輝かせて、劇の雰囲気をつくる照明」

演劇を語る彼は、どこか中学生のままにおもえた。目を輝かせて、ただただ、好きなことにひたむきなその姿は私の心に強く印象付けられていた。

「あ!三限あるよね。長く引き留めてごめんね」

「いえ、大丈夫です」

「じゃあ、失礼します」

「うん。またね」

そういって先輩と別れた。少し時間をおいて春香がゆっくりと口を開く。

「あんた。めっちゃナンパされてたね」

「ナンパじゃない」

「どう考えてもナンパでしょ。彼、明菜に気あるよ」

「そんなわけないでしょ」

「まさに少女漫画みたい」

「どこがよ」

「だって、角でぶつかって、そのあとの再開で連絡先なんて、もうこのあと恋仲に発展するしかないじゃない」

「なに?恋仲って。馬鹿じゃないの?」

「言い過ぎでしょ。ま、でも明菜に限ってそんなことはないか。サバサバ系だし」

「サバサバ系じゃない」

「あんたはかなりサバサバしてるよ」

「してない」

「味噌煮にしたいくらいサバサバしてるから」

「はいはい。そういうことにしときますー」

「もー」


 数か月が経ち、あと数週間で年が変わるといったころ。彼の招待で新作の劇を観に来ることになった。

「相変わらず遠いね」

「ほんと。地図で見たら近いのに」

「でも前は夏ぐらいだったから汗すごい書いたけど、今もう冬だし。」

「そうね。前よりまし」

私が受付の四十半ばと思われる女の人に話しかける。

「すいません。ここの劇団所属の裕せん…健太さんの招待なんですが」

「お名前をうかがってもいいですか?」

「新田明菜と高井春香です」

「はい。ありがとうございます。確認取れました。こちらがチケット二枚です」

「ありがとうございます」

「はい。春香」

「ありがとー。でも私までよかったのかな」

「いいんじゃない?先輩がもしよかったらって言ってくれたんだし」

「それもそっか。」

前来た時とは違い暖房が良く効いた客席に入っていく。

「あったかー」

「どこ座る?」

「ここでいいんじゃない?」

相変わらず人は多いとは言えない席の埋まり具合だった。席は選び放題。

「ねぇ明菜。今日の劇ってどんな話だっけ」

「さっき話したじゃん。えっと、『夜明け前の嘆き』だって。なんかアパートに住む作家のマキがスランプみたいな状態になって、その作家が過去と葛藤しながら成長していく物語だって」

「へぇ、裕先輩はなんの役?」

「主人公の作家だって。ポスターに書いてあった」

「へぇ。」

開演十五分前になると、すこし人でにぎわうようになった。前はここまで人がいなかったのに。すこし人気でも出てきたのだろうか。

「人増えてきたね。」

「うん。早く来ておいてすこしよかったかもね」

きづいたらすぐに開演五分前となり、劇団のスタッフがアナウンスをしはじめた。

「本日は劇団ミリだら冬公演『夜明け前の嘆き』を観劇しに来てくださりまことにありがとうございます。つきましては皆様にお願いがございます。上演に際して携帯電話などの音の出る機器の電源はオフにしていただきますようお願いいたします…」

「電源オフにした?」

「当たり前でしょ。ちゃんとアナウンス聞きなさい」

「はーい」

「それではまもなく開演となります。どうぞごゆっくりご観劇ください」

客席がどんどん暗くなっていく。するとそこにどこか不気味な音楽が流れてくる。それに共鳴するように緞帳がゆっくりと上がっていく。大きな舞台セットの前に裕先輩が頭を抱えてしゃがんでいる。

「俺には、作家の才はないんだ。俺には、芸術の才はないんだ。俺には、何もないんだ」

先輩はただそう言い残してどこかへ消えた。私は彼の一瞬のセリフ、ただ一言に圧倒されてしまった。私は先輩が舞台に出てくる度、その一挙手一投足に劇が終わるまで釘付けだった。

「あぁ、俺は、一人じゃなかった。俺は、俺は!」

先輩のそのセリフと同時に緞帳が閉まっていき、音楽が高鳴っていく。それと同期するように、私の心もどこか高揚していた。観客たちの拍手の音が私のなかで滲んでゆく、私はただ一人、その劇の中に取り残されていた。すると再び緞帳が上がる。カーテンコールというやつだ。

「本日は『夜明け前の嘆き』をご観劇いただき、誠にありがとうございました。僭越ながら役者およびスタッフの紹介をさせていただきます。マキ役、吉川健太!」

「ありがとうございました!」

「そして―」

次々と紹介を済まし、最後の人の紹介が終わったあと、先輩のほうを向いて

「本日なんと、彼の誕生日なんです!」

助演の女の人がそういった瞬間、観客たちから一斉に大きな拍手が送られた。その瞬間私は、この人たちは先輩が目当てで来たのだと気づいた。先輩はまさに芸能人顔負けと言われるほど顔が良い。私はどこかそれに対して嫉妬している自分に気づいた。

「ありがとうございます。みなさん。こんなに祝ってもらえるなんて、ありがとうございます!」

そういって先輩は満面の笑みでお辞儀をした。

「改めまして、『夜明け前の嘆き』をご観劇いただき誠にありがとうございました!」

大きな拍手とともに幕が閉じていく。役者が観客に向かって手を振っている。最後、緞帳が閉まりきる寸前、先輩と目が合ったような気がっした。

「今日って、先輩の誕生日だったんだ

「そうだね」

「明菜?」

「なに?」

「なんでそんな嬉しそうなの?」

「え?いや、そう?」

「あっ。ふーん。そういうこと」

「え?」

「ううん。なんでもない」

「なに?どういうこと?」

春香に要らぬ疑いをかけられたような気がするが、こうなった春香は問い詰めても意味がない。

「人が過ぎるまでちょっと待とうよ」

「いいよ」

「すみません。新田様ですか?」

すると後ろから劇団のスタッフに話しかけられた・

「え?はい。そうですけど」

「吉川の楽屋までお越しください」

「え?」

「お連れ様もどうぞ」

「え、私も?」

「はい。すみません。こちらに」

私と春香はスタッフに連れられ楽屋に通された

「すみません。健太さん。明菜様とお連れ様をお連れしました」

「はーい。ありがとうございまーす。二人とも入ってー」

「失礼します…」

「来てくれてありがとねー。ここ座って。どうだった?今日の劇」

「ありがとうございます。今日の劇、すごい面白かったです!ね?明菜?」

「はい。すごくおもしろかったですし、先輩の演技もすごくよかったです」

「ありがと」

「先輩、今日誕生日だったんですね」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「聞かされてないです」

「そうだっけ。」

「はい」

「じゃあ、先輩、お誕生日おめでとうございます」

「ありがと」

すると後ろからドアをノックする音が聞こえる

「健太―はいってもいいかー?」

「先輩だ、入れてもいい?」

私たちには特に影響もないので首を縦に振った

「どうぞ!」

「誕生日おめでとーって、もしかしてお取込み中だった?」

「大丈夫ですよ」

「これやるよ」

「えっ!いいんですか?ありがとうございます!」

「じゃ、お邪魔虫はこれにてお暇させていただきまーす」

「すみません。ありがとうございました!」

「明菜、ちょっと耳かして」

「なに?」

「あんたもなんかプレゼントしなさいよ!ほら、誕生日プレゼントは私よとか言えば、男なんてイチコロよ」

「馬鹿!」

「どうしたの?」

「すみません、なんでもないです」

春香は少しムッとした様子。でも先輩になにかあげたい気持ちも実はある。というか、春香の言った変なことがずっと頭から離れない。

「…先輩、今日の夜空いてますか?」

「え?」

「え?あ。いや、えっと、お誕生日、お祝いしたいなって、」

「えっと、一応空けれるよ」

「なんですかそれ」

「いや、なんていうか、その」

「えっと、じゃあ、今日の六時くらいに、下北沢駅前に、ど、どうですか?」

「うん。いいよ」

「じゃあ、あとでね」

「失礼します」

「うん」

 劇場を後にした私たちは、とりあえずどうするか話し合うため駅まで歩きだした。

「ねぇ。春香。どうしよ」

「はぁ?」

「なによ、はぁ?って」

「いやあんた。なんも考えなしにあんな誘いしたの?」

「いやだって、春香があんなこと言うから」

「だからってそんな、ちょっとからかっただけなのに」

「とにかく、ちょっとどうするか一緒に考えてよ!」

「仕方ないわね。面白そうだしいいよ」

 一方、彼は

「健太入るぞー。お前、今日打ち上げ行くか?」

「すみません。先輩。今日は先約があって」

「ふーん。さっきの女の子か?かわいかったもんな」

「ちょっとやめてくださいよ」

「わりぃな。まぁ、せいぜい頑張れよ」

「どういうことですか」

「どうもねぇよ。あぁほらこれやるよ」

財布を取り出し、その中からピンク色の正方形の小さい袋を投げ渡してきた

「なんですかって、こんなの要らないですよ!」

「まぁ持っとけって。いつか役立つかもよ。俺からのせんべつだ」

「なんなんですか、ほんと」

 そして、しばらくして駅近くのカフェに着いた私はコーヒーを手に取りながら神妙な趣きで口を開いた

「ねぇ春香。ほんとにどうしたらいいと思う?」

「さっきからそればっかね。ほんと」

「だってぇ、勢いに身を任せていっちゃったんだもん」

「男なんて、ちょーっと誘惑しちゃえばイチコロよ」

「そういう話をしてるんじゃないわよ」

「じゃあ何よ」

「何って」

「もう誘っちゃったもんは仕方ないんだから」

「そうだけどさぁ」

「大丈夫よ。明菜あんたかわいいんだから」

「もー馬鹿なこと言ってないでちゃんと相談のってよー」

「そんなこと言ったって私だってわかないんだから」

「じゃあ、とりあえずケーキでも買ってたら?」

「そうね、ほかには?」

「長いリボン自分に巻き付けてプレゼントはわたしとか言っとけばいんじゃない?」

「もーほんと馬鹿なんだから」

「まーなんとかなるでしょ」

「そんなこと言ったってさぁ」

「ま、でもあと集合まで時間あるし、いろいろやることはありそうね」

「え?」

「まずあんたは…」

 午後五時三十分 下北沢駅前

「早く着きすぎちゃった」

「じゃあ明菜!頑張ってよね!」

「いや別になんもあるわけじゃないじゃん!」

「そんなこと言って!もう!」

「牛になっちゃうよー」

「うるさい!」

「じゃあもう私行くね」

「うん。今日はありがと」

もうほとんど傾いた太陽が私を照らす。寒い北風が私の髪の隙間を吹き抜ける。ほんのり暖かく感じる肌を白い息が覆い隠す。

「ごめん!お待たせ!」

「大丈夫です。今来たばっかなので」

「そっか。でも鼻赤いよ?」

「まぁ寒いので」

「待たせてごめんね。行こっか」

「えっと、どこに?」

「たしかに、どうしよっか」

「じゃあ私ケーキ買いたいので行きましょ」

「うん。わかった」

私たちは近くにあるちょっとおしゃれなケーキ屋さんに来た。

「どれが良いですか?」

「んー、新田さんが選んでくれたやつがいいかな」

「え、えっと、じゃあこれなんてどうですか?」

私は目の前にあったショートケーキを指さした

「いいね」

「じゃあ買ってきますね!」

私は店員にこれくださいと伝えた。

「ショートケーキですね。かしこまりました。」

店員がショーケースの中からショートケーキを取り出し箱詰めをしている。

「お持ち帰りのお時間はどれくらいですか?」

「えっと、1時間くらいです」

「かしこまりました」

店員が箱の中に保冷剤を1個入れた

「蝋燭はご入用ですか?」

「お願いします」

「かしこまりました。1250円になります」

「じゃあこれで」

私はバーコード決済の画面を見せ、店員がそれを読み込む。

「ありがとうございました。こちらしょうひんになります。」

「ありがとうございましたー」

私と先輩はあっさり店を後にした。

「どこで食べましょうか」

「あー、だったら俺の家とかどう?」

「えっと、いいんですか?」

「すぐそこだし、いいよ。って、べ、別に変なことはしないからね?!」

「わかってますよ。じゃあ行きましょ。案内してください」

「こっち」

私と先輩は駅から少し離れたとこにあるアパートにやってきた。

「少しボロいけど、ごめんね」

「いえ、なんというか、さっきの劇みたいだなって」

「あーだってあれ俺がモデルの劇だからね」

「そうなんですか?」

「かなり脚色してるけどね」

私達は階段をあがりながらちょっとした裏話を聞いた。

「はい。ここが俺の部屋」

「失礼します」

「汚くてごめんね」

「いえ、そんなことないです」

いかにも大学生の部屋と言った感じだ。生活感に溢れている。

「とりあえずケーキ、冷蔵庫に」

「あぁ、はい」

「貸して」

「どうぞ」

「ありがと」

先輩はそういいながら、スカスカの冷蔵庫にケーキを置いた。

「先輩」

「ん?」

「夜ご飯、どうします?」

「あー、どうしよっか」

「どこか食べるとこあります?」

「んー、どうだろ。調べたらあるかも」

「食べたいもの、ありますか?いいですよ。私の奢りなんで」

「なんだろ、パスタとか?」

「イタリアンですね。ちょっと調べてみます」

「ごめんね、ありがと」

「あっここなんてどうですか?」

徒歩数分のとこにある小洒落たイタリアンの店を見せた。

「あー、ここか」

「行ったことありますか?」

「いや、気になってたけど、まだ行けてない」

「じゃ行きましょ!」

私たちは早速家を出て、イタリアンに向かった。

数分後、目の前にお洒落な店が現れた

「ここですね」

「ここみたいだね」

「入りましょ」

「うん」

「すいません。予約してなくて2人なんですけど、大丈夫ですか?」

「少々お待ちください…大丈夫です。こちらへどうぞ」

「ラッキーだったね」

「そうですね」

「こちらへ」

「ありがとうございます」

「ではごゆっくり」

私と先輩は席にあったメニューを見る

「どれにしますか?」

「んー、どれも美味しそう」

「ですね」

「これにしようかな」

こういって先輩は燻製ベーコンのカルボナーラという商品を指さした。

「じゃあ私はこれで」

私はポルチーニのクリームソースというのを選んだ。

「ピザ分合わない?」

「いいですよ。好きなの選んでください」

「えーどれにしよっかなー」

先輩が少し子供みたいでおもしろい。

「これとかどう?」

先輩はピッツァビアンカを指さしてそう言った。

「いいですね。そうしましょう」

「じゃあ店員さん呼ぶね」

そうして、先輩は店員に注文を伝えた。

「少々お待ちください」

「楽しみだね」

「ですね」

しばらくして私たちの前に料理が運ばれてきた。

「これヤバイね」

「はい、想像以上にやばいです」

二人して目をきらきらさせて料理を見ている

「いただきまーす」

「美味しー!」

「美味しいね!」

「はい!」

とても美味しいパスタとピザ、いや、ピッツァを先輩と頂いた。

「ご馳走様でした」

「美味しかったね」

「えぇ、本当に」

「じゃあお会計しよっか」

「はい」

伝票を持って会計へと向かった。

「お願いします」

「はい。では、お会計は6580円になります」

「すみません。これでお願いします。」

私がバーコード決済の画面を出そうとしたら後ろから先輩がクレジットカードを出してきた。

「かしこまりました…カードお返しします」

「え、なんで」

「今日一日たのしかったから」

「ご馳走様でした」

そう言い残して先輩は店を出ていってしまった。

「ちょっと待ってください!」

私は足早に出て行く先輩の後を追いかけるように歩き出した。

「私の奢りって言ったじゃないですか」

「大丈夫だよ。気持ちだけで」

「私が良くないです!」

「せっかくイタリアンデートしてるんだから、ちょっとはカッコつけさせてよ」

「デッ、デートって…」

「違った?俺はデートのつもりだったんだけど」

「え、えぇ!そうです!デートです!」

「暗いからよく見えないけど、耳赤いよ?」

「そんなことないです!」

なんだか上手く先輩の手のひらで転がされた気分だ。デートと言われた私は心臓の音が近づいて、体温が高くなっていくのが感じられた。

「もうつくよ」

「あっ、ほんとだ」

「こんな近いとこにあんな美味しいとこがなるなんて、もっと早く知っとけばよかった」

「そうですね」

「でも、新田さんと行けたからいっか」

「からかわないでください!」

「ごめんね」

やっぱり先輩の手のひらで転がされてる。

「ほら、入って」

「ありがとうございます」

「今コーヒー入れるね。あともうケーキたべる?」

「私はいつでも!甘いものは別腹です!」

「じゃあコーヒー入れたら一緒に食べよっか」

「はい!」

「じゃあ部屋の適当なとこ座って待ってて」

「わかりました」

改めて今の状況はなんなんだろうか。出会って数ヶ月の先輩とデートして、家でケーキ食べて誕生日お祝いして、なかなか特殊だろう。

「はいどうぞ。先にコーヒー」

「ありがとうございます」

「今ケーキ持ってくるね」

「はーい」

先輩が台所に消えてすぐ戻ってきた

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ食べよっか」

「待ってください!蝋燭!」

私は急いで台所にある蝋燭を持ってきて火をつけた

「はい!ハッピーバースデートゥーユー!ハッピーバースデートゥーユー!ハッピーバースデーディア裕せんぱーい!」

先輩は歌が終わると同時にロウソクの火を消した

「おめでとうございます!じゃあ食べましょ!」

「うん。その前に、」

「はい?」

「これ、手伝って欲しいんだ」

「なんですか?これ」

「次の台本」

「え?そんなのみてもいいんですか?」

「んー、本当はダメだけど、手伝って欲しいから」

「えっと、何をですか?」

「実は次の劇と今ほとんど同じなんだ」

「それで?」

「それで、このシーンを再現したくて」

「ほんとどこまでも演劇馬鹿ですね。いいですよ。それまでケーキはお預けですけど」

「あっ、なんだったら新田さんだけ先に食べてもいいよ」

「新田って呼び方あんま好きじゃないんで、明菜って呼んでください」

「え、えっと、明菜、、?」

「はい!それでいいです!」

私はそう言いながら冷蔵庫にケーキを置いた。

「えっと、先食べててもいいんだよ?」

「先輩と一緒に食べます」

「そう?わかった。それでここのページをやりたいんだよ」

台本を開くそこには『ここは冬の古いアパートの一室である。机の上には蝋燭の刺さったケーキがある』というト書きがある。続けて、「人を愛すというのは簡単なものではありません」と男のセリフがある。

「じゃあ、その蝋燭にもういっかい火つけましょう」

そう言って私は蝋燭に火をつけた

「ありがと」

「じゃあ始めましょ」

「うん。よぉい、キュー!」

先輩が手を叩いた。その動作で先輩の空気が変わった。役者の顔になった。

「人を愛すというのは簡単なものではありません」

「えぇ、そうね」

私は間違えないように台本のト書きとセリフをしっかり読んだ。

「私たちは、愛し合うことが出来ていると思いますか?」

先輩は蝋燭をただみつめるだけでセリフはない。しかしその空気そのものはその役になりきっている

「そう。何も答えないのね」

先輩はそのままゆっくりと口を開いた。

「答える必要なんてあるはずがない」

「あなたが私を愛してくれるのは、どうして?」

「情愛だろうか。はたまた、それは愛着だろうか。それは僕にも分からない」

私は先輩の演技に少し呑まれそうになった。いや、少し呑み込まれていた。

「…私は、貴女だけを愛すことが出来なかったのです」

台本はここで終わっている。先輩が再び手を叩く。すると、役者の時とはガラッと変わっていつもの先輩になった。

「ありがとー、ここのシーンだけどうしてもイメージがわかなくて」

そう言いながら先輩は蝋燭の日を吹き消した。だけど私は何も言えなかった。

「どうしたの?」

「えっ、あいや、なんでもないです。先輩ってやっぱ演技上手ですね」

「そんなことないよ。まだまだ」

「もう十分上手ですって」

「ありがと。じゃあケーキ食べよ」

「はい!」

私は冷蔵庫の中に入れて置いたケーキを机に持ってきていただきまーすと言ってケーキを口に運んだ。

「おいしい?」

「はい!とっても」

「じゃあ俺も」

そう言って先輩もケーキを口に運んだ

「おいしー!」

「ですよね!」

「ちょうどいい甘さでいいね!」

「ですね!」

「てか、明菜さん、演技の才能あるかもよ」

「え?」

「いやさっきの上手だったからさ」

「いやそんなことないですよ」

「そんなことあるよ」

「いやいや、そんな」

「その才能俺も欲しかったなー」

「いや!先輩の演技凄かったです!この前のも今日の劇も、今のも!」

「ほ、ほんとに?」

「はい!」

「ありがと」

先輩は少し照れくさそうに笑った。

ケーキを食べ終えた私達は特にすることも無く、他愛ない会話をしたり、テレビを眺めたりしていた。すると先輩がゆっくりと口を開いて私に聞いてきたのだ。

「そういえば、どうして今日お祝いしてくれたの?」

「え?」

「いや、俺らって出会ってあんまり経ってないじゃん」

「まぁそうですね」

「なのにどうしてかなって」

「嫌でした?」

「あぁ!いや、そういう事じゃなくてただ、純粋に」

「そうですね、まぁ強いて言うなら、裕先輩だからですかね」

「え?」

「いや、初めて会った時は名前は聞いたくせに自分は名乗らない変な人だなって思いましたけど、初めて激を見て、そのすぐあと大学で出会って、そこから話をするようになって、あ、この先輩いい人だなって、それから、この人なら、って思ったんです」

「そんなこと思ってくれてたんだ」

「はい。ちょっと恥ずかしいですけど」

「あと先輩、好きなものを前にした時少し子供っぽくなるのも可愛くて」

「そうかなー」

「そうですよ。演劇の話してる時とか、さっきだってイタリアン行った時ちょっと子供ぽかったですよ」

「恥ずかしいなぁ」

「今日はなんか私ばっか恥ずかしい思いしたので少しくらいお返しです」

「ちょっとからかっただけじゃん」

「自業自得です」

「そんなぁ」

「ふふっ」

そんな先輩を見て、少し笑ってしまった。

「笑った顔もかわいいよ」

「はっ!?」

「びっくりした顔もかわいー」

「な、なんですか!」

「そんな怒った時もかわいいよ」

「それ以上言ったらほんとに怒りますよ」

「ごめんごめん」

「これ以上おだてても何も出てきません!」

「えー、まだ、プレゼントもらってないなー」

「えっ、あー、そうですね」

「なんかくれないかなー」

「えっ、あの、いや」

「ふふっ冗談だよ」

「えっ?」

「ちょっといじわるしただけ」

「もー」

「ごめんね」

「でも、なにかあげたかったのが本音です」

「え?」

「いや、実は成り行きで先輩をお祝いすることになって、何も用意できてないんですよ」

「なるほどね、大丈夫だよ!気持ちだけ貰っとくね」

「でも…」

「大丈夫だって。今日楽しかったから。それだけで十分」

「ほんとですか?」

「ほんとですとも」

すると、誕生日プレゼントは私よとか言えば、男なんてイチコロよという春夏の言葉が私の中に浮かんできた。私の記憶の中でも私をからかってくるのはいかにも春夏らしい。

「どうしたの?」

「えっ!あっ!いやなんでもないです!」

「ほんと?」

「はい!ほんとです!」

「あっそうだ」

そう言って先輩は台所から箱を持ってきた

「これこの前劇団の先輩から貰ったんだけど、食べる?」

「なんですか?これ」

「チョコレートらしい」

「へぇ、頂きます」

「どうぞ」

「おいしい!」

「お口にあったようならよかった」

しばらくチョコレートをつまみながらテレビのドキュメンタリー番組を眺めていた。

「せんぱーい、わたしなんらか、あつくなってきましらー」

「なんで、そんな酔ったような…もしかして!」

先輩はチョコレートの箱を手に取って、アルコール3パーセントの文字を見つけた。

「やっぱり」

「せんぱーい、どうしらんですかー?」

「ごめんね、このチョコお酒入ってたみたいで」

「わたしー、先輩のこと結構きらいじゃないれすよー」

「え?」

「だから、もっとちかくにいってもいいれすかー?」

「ちょ、ちょっと」

先輩の近くまでずりずりとよっつんばいで近づいた時、私はどうやらそのまま先輩の上で寝落ちてしまったようだ。

「一体、どうなってんだよ…俺だって、俺だって…」


台所に繋がる戸が少し空いている。そこから隙間風が少し流れて先輩と私の顔に当たる。先輩に触れた部分からどんどん暖かくなる。その風は私たちを冷ます。けれども冷ませば冷ますほど、暖かくなっていく部分を強調させた。



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情愛 @wandafuru_aaa

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