ロンドンの日々と変えた声色

ぜんいちろく

Intermission

 なんて素敵な景色だろう。これから何でもできる気がする。私はここから変わるんだ、この街の空気を吸って音楽を聴く。人と話してパブで笑う、そんな毎日の中で新しい何かが形成されていくのだろう。それを俯瞰的に見ている自分はまるで観客のように何かの飲み物を片手にわくわくしているはずだ。何よりこの街、古い建物が残りいたるところに歴史の面影が見える国際的な都市、ロンドン。これから人生の第二楽章は始まるのです。


 というわくわく感をすでにどこかで経験したあとに来てしまったロンドン。人に説明するには時間がかかるような理由を抱えて、この街でしばらく暮らすことになった。私がもし20歳で留学生だったら、もっと歩くたびにこの街のおもしろいことを発見できただろうか。私がもし社会人数年目とかでキャリアを求めていたならこの目をギラつかせることができただろうか。そのどちらでもなかったのだが、私は胸のどこかに野心を持っていた。しかしこの野心はゴールを知らないのだ。30歳になっても自分探ししているのかと精神的に成熟し終えたベテランに笑われそうだが、私はこの街で新しい自分を創ろうと決めていた。それはただ生きているだけでは達成されず、運もちょっと必要で、ひたむきに続けたものだけが達するものだと思っている。


 人間は環境に左右されるものだと思っている。なので新しい街に住めば、新しい自分になっていると考える。しかしこれはちょっと違う、とくにロンドンでは。まずは食生活、この街は国際的な都市であるがゆえにとても母国に近い食生活を送れる。日本人であれば米も醤油もあるし韓国人であれば韓国系のスーパーにいけばいい。なので食生活を強制的に変えられることはないのだ。次に交友関係、これは自分自身の行動力にもよるが日本人以外の友達を持たないと大きな変化や文化の違いを体感する経験が少なくなってしまう。しかし異国の地で同郷の人に助けられながら困難を乗り越えることはとても素晴らしい体験になるし(ペイフォワード的に優しさが巡ると素敵だよね)、もしものことがあった場合助けてもらえるとありがたいのでこういったコミュニティは重要だ。何が言いたいかというとロンドンで暮らす場合、食生活、交友関係、この2つは大きく変わらない可能性が高い。となると、変わるのは職場、学校、住居あたりだろう。しかしこれらは財力や個人のスキルがあれば質の高いものに変えることができるので、良い経験をしたければお金を稼ぎ優秀なキャリアを持てという社会のド正論にやられてしまうことになる。では、何が自分を新しくさせるのだろうか。それはライフスタイルだと思う。


 UKはインターネットがめっちゃ遅い。東京に住んでいた頃、300 Mbps を超えた速度を使っていたあの頃を懐かしく思う。いきなり何の話だ?って感じだろうけど、これがロンドナーたちのライフスタイルに大きく影響を与えていると考えている。インターネットが遅いというのは、どんな場所でもスマホでググることができないことを意味する。するとどうなるか、スマホを見る機会が激減するのだ。しかも路上であんまりスマホを触っていると盗難の危険性もある、これによってさらにスマホを扱うケースが減る。建物のなかでインターネットのつながりが悪く何もググることができなかったり、店員さんの持つカード決済の端末がなかなかインターネットに繋がらず決済完了に時間を要したりするのをロンドナーたちは経験してきたはずだ。結論、日本に住んでいた人は明らかにスマホを利用する頻度が減る。

 これによってライフスタイルに革命が起きる。もちろん夏のロンドンはいろんな公園でいろんな人がピクニックしたり日光浴したりしているから、自分も同じことしようとヒートウェーブ(異常に高い気温が数日間以上続く現象)のたびに外に出かけることで夏の過ごし方が日本にいるときと大きく変わったというのはある。が、大きく変わったのは外でスマホを利用する頻度だと個人的に思う。これにより1日に摂取する情報量が減り、コンテンツダイエット(日常的に消費するデジタルコンテンツを意識的に減らしたり制限したりすること)にいつのまにか成功した人間は多いだろう。私もそのうちの一人であります。

 このとき私は理解した。人を変えるのは場所や周りにいる人間ばかりではない、生活のリズムを変えることが大きく人を変えるのだと。ゆえに自分を新しくさせてくれるのはライフスタイルだと思う。ここではスマホの頻度を例にあげたが、ロンドンに来てからよく美術館に行くようになったとか、公園を走るようになったとかそういったことでもいい。それはきっと人を新しくさせてくれる。だから次に移動する街でも、新しい自分を発見したいときはライフスタイルを変えてみるのがいいかもしれない。


 さて、私がこの街にいるのは映画で言う Intermission だ。今ではなくなってしまったが、古い長編映画では途中休憩を行うため、画面上に大きく Intermission と表示されていた。うまくは言えないけど人生という旅の途中、そういうフェーズに入ったんだと感じている。少し捻くれた私がこの街で何を想像し何を書くのか、どこかわくわくしている自分はやっぱりいるようだ。

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