僕の師匠!

崔 梨遙(再)

第1話

 高校2年生の冬から、僕には恋愛の師匠がいた。その名は亜子。僕が中学時代の級友の中内から3人連続で女子を紹介してもらった時に、1番最後に紹介された女子だった。小柄でかわいかったが、ストレートな発言をするので苦手だった。何度も心を折られたことがある。ちなみに亜子の学校は女子校だった。男ばかりの高校では、女子と付き合えない男子が多いが、女子校の女子は彼氏持ちが多いらしい。不公平だ。


 亜子は、


「好きな人がいるので、崔君とは付き合えない」


と言って僕をフッたが、


「崔君に彼女が出来るまでコーチしてあげる」


と言ってくれたので、亜子を“師匠”と呼ぶことにしたのだ。


 亜子とは定期的に電話で話し、時々、会うこともあった。亜子はバイト先の社員を狙っていた。相手は30歳の妻子持ち、なかなか上手く行かないようだった。その頃、僕は“女子と何を話せば良いのかわからない病”にかかっていた。小学校の高学年から、女子とほとんど話していなかったからだ。



 或る日、また僕は亜子に電話した。


「今日、バイトの初日、行ってきたわ」

「どうやった? アイスクリーム屋やから女性が多いやろ?」

「うん、今日5人に会った。店長、副店長、チーフ、バイト、あとパートのオバチャンが1人。店長以外は女性やったわ」

「ええ感じやん、少しは女性陣とお話できた?」

「そんな余裕ないわ、初日やもん。これからおぼえなアカンことがいっぱいあるわ」

「それはそうやけど、どうなん? キレイな人とかカワイイ人はいた?」

「ああ、副店長もチーフもバイトも魅力的な女性やったわ」

「どんな感じの人?」

「みんなにこやかやで。副店長は栞さん、嫁にしたいタイプ、チーフの明美さんは愛人にしたいタイプ、色っぽい。バイトの律子さんは恋人にしたい感じ」

「良かったやん、アタック出来る女性が3人もいるやんか」

「でも、彼氏がいるかも」

「何を言うてんの? 私なんか妻子持ちにアタックしてるんやで。彼氏がいても、そこで身を引いたらアカンで」

「うん、ほんで、僕はこれからどうしたらええんやろか? おぼえなアカン仕事が多くてあまり余裕は無いんやけど」

「ほな、最初の課題」

「うん」

「その3人に、1日に1回以上仕事以外の会話をすること」

「うん、やってみるわ」



「崔君、1週間経ったで」

「うん、課題はクリアやで」

「どんな会話したん?」

「え? “今日は寒いですねー!”とか、日常会話やけど」

「崔君、あんた、アホか?」

「へ?」

「そんな会話、意味が無いやんか」

「意味が無い?」

「例えば、“休みの日は何をしてるんですか?”とか、“趣味は何ですか?”とか、“どんな映画が好きですか?”とか、“どんなアーティストが好きですか?とか……ああ、もう、聞くことってなんぼでもあるやろ! とにかく相手の情報を探らなアカンやんか! 天気の話なんか1時間話しても意味無いわ!」

「なるほど、ほな、“彼氏いるんですか?”とか聞いたら良かった?」

「いきなりそれはアカンわ、それはもう少し親しくなってからやわ」

「そうなんや」

「どんな話をしたらええんか、イメージ出来た?」

「うん、イメージ出来たと思う。とりあえず“休みの日は何をしてるんですか?”から始めるわ。要するに、情報収集やな」

「そうそう。ほな、2つ目の課題!」

「何?」

「3人と1日に2回以上、仕事以外の会話をすること! 天気の話なんかしてたらアカンで!」

「はい!」



 僕の師匠は優しくなかった。




【つづく】




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