結婚に至る過程
部下の報告はこうであった。
ケバブ子爵は巨額の借金に困っており、妻の縁戚ということで頼られたタンドリー侯爵はその面倒をポトフ伯爵に押し付けようとして、この婚姻を勧めているということである。
「借金の額とその理由はわかるか?」
「子爵はお人好しで友人の保証人となり、その友人が破産したためです。額は5億ゼニー」
平均的な子爵の収入が数千万ゼニーと言われているが、財布に入るにはそこから経費が引かれる。
5億ゼニーは普通の子爵に払える額ではない。
「そんなものならタンドリー侯爵は払えるだろう」
「タンドリー侯爵もそれほど裕福という話は聞きません。
それに奥様の親戚というだけで借金の肩代わりしてたら切りがありません。
かと言って何もしないのも奥様との関係や外聞に関わることになります。
そのため、美貌の娘を利用して伯爵様に借金を押し付けようとしていると推察されます」
ライアンは暫く借金の額と娘の美貌を考えた。
「それ以外に余計なものはついてないのか?」
「強いて言えば、あの令嬢には弟と妹がいるので、結婚すると両親に加えてその面倒も見なければならないことでしょうか」
「そのくらいならいいだろう。
あの娘を貰ってやるか」
「ライアン様、美人の妻を貰いたいのはわかりますが、そこはお考え直しを!」
家老以下の家臣は一斉に反対する。
「上り調子の我が家が何故そんな貧乏子爵の令嬢を貰わなければなりません?
美しいのは認めますが、そんな縁を結んでも得るところはなし。
もっと有力な家と婚姻を結びましょう。
今の我が家ならば引く手あまた。
美人が欲しいのならば愛人にすればいいでしょう。
婚姻は家の利を得るのが一番です」
「そのとおり!
タンドリー侯爵も侯爵だ。
これまでも散々いい嫁を探してやると付け届けをさせておいて、あんな厄介払いのような娘を勧めてくるとは。
余りにも我が家を舐めている!
王宮での引き立てなどで受けた恩は多額の付け届けでそれ以上に返しました。
あんな寄親ならばいりません」
口々に文句を言う家臣に対し、伯爵は言う。
「静まれ!
確かにタンドリー侯爵には俺も思うところがある。
しかし、今回の件は悪くないと思っている。
食うや食わずの領地を苦労して立て直し、今や領民も我が家も豊かになった。
俺はこれ以上のことは求めていない。
変に中央の有力者と繋がれば、ドロドロの派閥争いに巻き込まれる。
この辺境の地で富裕に生きていければ十分。
他に何を得たいのだ?
中央での栄達か、さらなる領地の拡大か?
そんなもの面倒なだけだ。
思い出してみろ。
お前達と一緒に一日三食を一食にしてまで倹約して金を貯めて資金とした。
人を雇う余裕もなく俺たち自身で危険な鉱山でツルハシをふるったな。
もう苦労は十分にした。
あとは楽しく生きよう」
ライアンの言葉に苦労を思い出した家臣の中には涙をこぼす者もいる。
「今度の相手は、格式的には許容範囲てあり、借金以外に余計な問題もなく、おまけに美人。
俺にはちょうど満足のいく相手だ。
その借金とて我が家にすれば端金。
なまじ有力者の娘など貰ってみろ、官職をあたえるから宮廷工作の金を出せとか、どこいらに出兵しろとか面倒なことを持ってくるに決まっている。
それこそ海千山千の宮廷ネズミに金蔓とされ、俺たちの汗と血の結晶である金を搾り取られるだけだ」
伯爵にそう言われると、家臣もなるほどと思い直す。
確かに辺境だ、田舎だと馬鹿にされるが、愛する故郷で豊かに暮らせれば望むものもない。
仮に伯爵が栄達を目指すならそのための嫁取りに奔走するが、そうでないならば伯爵の嫁には世継ぎさえ産んでもらえれば十分だ。
家臣が納得したのを見て、伯爵は「では受ける方向とするが、タンドリー侯爵はうちを舐め過ぎた。少し厳しめに当たっておこう」とまとめる。
ライアンは家老と相談して、侯爵に対して、彼女と結婚するメリットがないのでと断りの返事を出す。
一目惚れしたとは言え、ろくに話もしておらず執着はない。
これで縁談が壊れればそれはそれで良し、楽しい独身生活を続けるだけである。
同じような貧乏貴族は沢山いる。
そこから娘を見繕えば嫁などどうにでもなる。
それがライアンの腹づもりであった。
しかし、タンドリー侯爵はどうしてもこの話を進めたいようで、案を提示してきた。
それはシャロンを自分の養女にし、タンドリー侯爵が義父となって格を上げるということだった。
「そんなことよりももっと実のあることを言わせろ」
家老同士が話を詰め、結局はソーダ侯爵が侵攻してきた時にタンドリー侯爵が支援することを確約して、書面とする。
(寄親として当然だが、これまでは頼んでも何もしてくれなかったからな。
これを公表してソーダに圧力にしてやるとともにタンドリーが引けないようにしてやる)
これを落とし所としてライアンは婚姻を受諾する旨を伝える。
タンドリー侯爵夫妻やケバブ子爵夫妻は、ポトフ伯爵の色よい返事を聞き、気が変わらないうちにと結婚を急ピッチで進めてきた。
その際にライアンとシャロンは何度か顔を合わせたが、彼が話しかけてもシャロンは硬い表情で一向に話は弾まない。
(これで夫婦としてやっていけるのか?)
流石にライアンは不安になり、結婚式の準備が進む中、シャロンと二人になったときに単刀直入に聞いてみた。
「シャロン、私達はもうすぐ結婚するのだが、君は一向に私に親しんでくれないね。
貴族の結婚は家どうしの都合で行われるが、幸せな結婚生活になるかは本人次第だ。
君に誰か好きな人がいて、この結婚が嫌ならば今から取りやめてもいい。
無理をすればお互いに不幸になるだけだ」
シャロンはその言葉を聞き、ビクッとして、目を伏せながら答えた。
「好きな人など滅相もありません。
この結婚は願ってもないこととタンドリー侯爵様や両親からも言われております。
ただ、これまで家の都合で、私は貴族学校も社交界も行ったことがありません。
そんな私がいきなり伯爵夫人になることが不安だったのです」
彼女は確か17歳、ライアンとは一回りほども年が違う。
そんな少女がいきなり伯爵夫人では不安になるのも当然か。
そう考えたライアンは笑って答える。
「心配無用だ。
私も学校にも社交界にも行っていない。
次男からいきなり当主になったが家が貧しく、ひたすら働いていたからな。
我が領地は辺境にあり、訪ねてくる貴族もほとんどいないし、俺は王宮や社交界が大嫌いで付き合いもない。
領地のことは俺と家臣が切り盛りする。
家に居て、家政を見て子供を産み育ててくれればそれで良い」
「それならば私でも務まりそうです」
沢山の見知らぬ人と会ったり、領地のことに携わらなければと怯えていたシャロンは、それを聞いてホッとしたようだった。
それからの彼女はライアンと話をする時にようやく笑顔を見せるようになる。
聞くと、これまでの間、ほとんど家に居て弟妹の世話や家事、読書をして過ごしていたようだった。
(借金でどこにも行く余裕がなかったのか。
結婚したら色々と学ばせたり、連れて行ってやろう)
会話をすると知性を感じる受け答えをし、学ぶ意欲もありそうだ。
ライアンは彼女を哀れに思い、貴族の妻として恥ずかしくないように教育を受けさせようと考えた。
その後、無事に結婚式を終え、初夜の次の朝、タンドリー侯爵とケバブ子爵は早速伯爵家を訪ねてきた。
用件を推察したライアンはシャロンに席を外させた。
(初夜も済んだのでもう逃げられないと思ったか。
やれやれ、タンドリー侯爵もこんなに姑息な人だったかね)
ライアンの思いも知らず、タンドリー侯爵は早速話を切り出す。
やはりケバブ子爵の借金と、子爵家の面倒を見てほしいということだった。
「わかりました。
今後は家族として、私が面倒を見ましょう。
しかし、こんなことは結婚前に言うべきことだと思いますがね」
予想していたこととライアンはは快諾するが、皮肉を忘れない。
ケバブ子爵の借金は並の貴族では大きな痛手になるが、ポトフ家の豊富な財政からは、物の数ではない。
「ご両親は我が領地でお暮らしください。
その方がシャロンも安心するでしょう。
弟さんと妹さんは王都の貴族学校に通われたらいかがですか?
費用は出しましょう」
もはや領地も借金の形に取られ、住むところにも困っていたケバブ子爵は安堵し、シャロンは涙を流して感謝した。
そのまま、ライアンはシャロンとその両親を連れて領地に帰る。
そして、それから2年間ライアンはよんどころなく出かける以外は領地に引きこもり、若い美貌の妻との生活を楽しんだ。
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