第三話
「はい、これ。月夜の分」
光留と再会してから数年。月夜は光留から一通のハガキを手渡された。
「なんだこれは」
「俺の結婚式の招待状」
「……ご祝儀は出せないぞ」
「知ってるし、強請ってるわけじゃない」
そもそも、今の月夜と光留では年齢が離れすぎていて、住所は知っていても下手にハガキを出せば月夜の両親に不審がられる。
だから敢えて光留も手渡ししている。
「お前たちには見ていてほしくて」
「?」
光留に恋人がいるのは月夜も知っている。
光留と再会してから数か月後くらいに、彼女が出来たと嬉々として惚気られ、以来互いに惚気合戦になることは珍しくなかった。
その光留がついに結婚するというのは、なんとも感慨深い。
だが、月夜たちに見ていてほしいとはどういうことだ。
「まぁ、未成年を正式に参列させることは出来ないけど、式はここで挙げるから境内からでも多少は見られるはず。巫女舞も見える場所でやるし……」
「はぁ、光留。いくら昔馴染みとはいえ、今の俺達は傍から見れば他人に等しい。そもそも、俺達に見てほしいとはどういう意味だ」
月夜が怪訝そうに問えば、光留は苦笑する。
「悪い。月夜なら何も言わなくても気付いてくれるって言うのは甘えだな。そうだな、俺はこれでも月夜には感謝しているんだ」
「……俺は一度お前を殺そうとしたこともあるんだぞ」
「うん。でもさ、月夜の気持ちも、今ならわかるんだ。花南を愛して、もしあの時と同じことがあれば、俺は月夜と同じ決断をするだろうし、同じように殺してやりたいって思う」
花南の為なら命を懸けられる。
かつて“月夜”が凰花の為に命を投げ出したように。
「俺の勝手だけど、月夜の事兄貴のように思ってるんだ」
光留が照れたように言う。月夜もつられて照れてしまう。
「な、にを馬鹿なことを」
月夜とて、光留の事を弟のように思っている。
今は分かれてしまったとはいえ、元は同じ魂だ。けれど、素直に言うには時間が経ちすぎている。
「あと、月夜の置き土産、ありがとう。あれのおかげで、花南を助けることが出来た」
花南の引き寄せ体質を、月夜が光留の為に、前世の”縁切り”の権能を一度だけ使えるようにしてくれていた力で治した。
もっとも、その受け渡しの前に散々な目にあったのはさすがに花南にも言えなかったが。
「使ったのか」
「うん。まぁ、そう言うのもあってさ、花月は記憶ないけど、二人にはちゃんと見ていてほしくて」
二人に出逢えたから、光留も今を生きていられる。その姿を月夜と花月に見ていてほしかった。
「巫女舞は蝶子だから、前世とはいえ娘の雄姿も見たいだろ?」
蝶子にはまだ二人が生まれ変わっていることを伝えていない。けれど、光留の気遣いは月夜にはありがたかった。
「わかった。花月を連れて観に行くよ」
「うん、ありがとう」
それから一か月後、月夜は花月を連れて凰鳴神社へ来ていた。
結婚式があるからか、境内は参拝客はいるものの、どこか厳かで、緊張感がある。
雅楽が神社全体に響き、しばらくすると回廊を行列が歩いていく。
行列の真ん中あたりに花婿と花嫁が歩いている。
「わぁ、キレイ……」
横にいた花月が、花嫁を見てうっとりと目を輝かせている。
「そうだな」
月夜も幸せそうな二人を見て目の奥が熱くなる。
一瞬だけ、花婿と目が合う。
(おめでとう)
口だけでそう呟くと、花婿は嬉しそうに口元を緩めた。
その後、場所を移動する。屋内で行われる儀式はさすがに見れなかったが、巫女舞は中庭に設置された舞台で行われるため、こっそり見ることができた。
「すごいすごい! 巫女さんとっても綺麗!!」
花月がきゃっきゃとはしゃぐ。月夜は不思議な気持ちだった。
“月夜”は我が子に会えないままその生を閉じたが、こうして転生して、同じように転生した我が子の立派な姿を拝むことが出来るなんて、あの頃は考えもしなかった。
蝶子は、かつての凰花に姿がよく似ている。もしもあの時代に生きて二人を見ることが出来たら、なんてつい思ってしまった。
それから午前中に式は終わってしまった。
この後の披露宴にはさすがにお邪魔できないので、月夜は花月を連れて帰ろうとした時だった。
「月夜、花月!」
呼び止められて振り返れば光留が駆け寄ってくる。
「光留……。花婿が抜け出していいのか?」
「花婿さん?」
「いや、すぐ戻るんだけど、これだけ渡しておきたくて」
光留に手渡されたのは二人分の紅白饅頭だ。
「おまんじゅう!」
「いいのか?」
「うん。ちょうど昼時だし、食べてもいいし、おやつにしてもいいと思って。花南たちには内緒な。じゃあ、それだけだから」
光留は慌てて社殿へ戻っていく。
わざわざこのためだけに抜け出してきたらしい。
律儀な奴だな、と思うが、花月にとってもいい思い出になるだろう。
「じゃあ、うちに帰って食べようか」
「うん、お兄ちゃん!」
神社から家へ帰ると、両親はまだ帰っていなかった。
休日だというのに仕事らしい。
この頃から両親の雰囲気はあまりよくはなかった。
けれど幼い花月の為に両親も月夜も、そのことを隠した。
「はなよめさん、きれいだったねえ」
「うん、そうだね」
にこにこと見てきた結婚式について話す花月は可愛らしく、月夜は何時までも見ていられる。
「花月は花嫁さんになりたい?」
「うん!」
月夜は内心にんまりと微笑む。
(絶対逃がすものか。この
前世の時から、もう一度彼女と幸せになることだけを考えていた。
例え記憶がなくとも、その決意は変わらない。
「そっか。じゃあ大きくなったらお兄ちゃんと結婚しよう」
「うん! おにいちゃん大好き!」
花月にとっては何気ない一言だっただろう。
素敵な結婚式を見た後に、大好きな兄からのプロポーズ。
(言質は取ったからな)
まさか七歳児がそんなことを考えているなんて、誰も思わないだろう。
そうして月夜は、着々と外堀を埋めていった。
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