第一話


「おいで、俺の可愛い花月」

「はい、月夜さん……」

 夜、恥じらいながらも月夜の手を取り、誘われるままベッドに腰掛ける。

 アイスブルーの瞳の中に確かな熱があるのを見て、花月はドキドキする。

「花月……」

 甘く名前を呼ばれて、まるで壊れ物でも扱うかのように、そっと頬に手が触れる。

 目をつぶれば、唇が触れる。

 最初は触れるだけ。何度も啄まれるように重なって、次第に舌が唇を擽る。

「ん、ふぁ……」

 堪らなくなって薄く口を開けば、月夜の舌が捩じ込まれ、口内を蹂躙する。

「はっ、ん」

 歯列をなぞられ、上顎を擦って、舌を絡めて、吸われる。

 舌先からぞくぞくするような快感があって、花月は気持ち良くなってしまう。

 月夜とするキスはいつだって気持ち良くて、花月を幸せな気持ちにする。

 もっと、もっと深くまで愛されたい。

 月夜にすべてを支配されたい。朝も昼も夜も関係なく、感じていたい。

 自分でも少々危険な思考だという自覚はある。

 だけど、どうしてか不安なのだ。

 結婚を間近に控えているせいだろうか。所謂マリッジブルーというやつなのではないのだろうか。

 そんなことをポツポツと話す花月。

 花月としては真面目な相談なのだが、月夜はそれどころではない。

 花月のあまりにも可愛らしい望みに、不安に、どう応えるべきだろうか。

「花月」

 月夜に優しく呼ばれ、キスされる。

「あまり可愛いことを言わないでくれ。俺とて同じ気持ちだ。愛しいお前を誰の目にも触れさせたくない、一日中ベッドの中でお前を愛でていたい」

「月夜、さん……」

「花嫁姿のお前は、誰よりも美しいだろう。だけど、俺以外も見るのだと思うと腹立たしくもある」

 ずっと、ずっと昔から大切にしていた月夜の花。

 やっと、やっと誰に憚ることもなく自分のものだと言える日をどれほど待ち望んでいたか。

 前世の記憶のない花月は知らない。

「不安になるなとは言わない。だけど、その不安を俺にぶつけてくれるのは、嬉しい」

「はい……」

 抱きしめて、額にキスされる。手を握ってくれる。

 不安な心が、少しずつ溶かされる。

 視線が合えばまたキスをする。その間に服を脱がされ、月夜の前に生まれたままの姿を晒す。

 恥ずかしいけれど、もっと触れてほしい。心身ともに月夜のものだと実感したい。

「こら、噛むな」

「あ……」

 いつの頃から、花月は月夜に支配されたいと強く思うと、自分の手を噛むようになった。

 血が出るほど噛むこともあり、心配になった月夜は、自分の身体を噛むように提案したが、嫌だと言われた。

 ――つ、月夜さんの綺麗な身体に傷なんて……。

 月夜としては花月から貰えるものは傷でもなんでも嬉しいのだが、泣きそうな顔でそんなことを言われたら強く言えるわけもなく。

「今日はどれがいい?」

「鎖のやつがいい、です……」

 噛み癖をつけるくらいならと、考えた挙げ句取った対応策は、花月の手を拘束することだった。

 もちろん花月に了承は得てから。彼女を守るためのものだから、なるべく肌を傷付けない、けれど少しだけ跡が残るような道具を揃えた。

 拘束されている状況が、花月には酷く安心するのかよく乱れる。

 跡が残ると嬉しそうにするから、月夜も歯止めがきかなくなり、気づけば様々な拘束道具が揃っていた。

(因果、なのだろうな……)

 前世の彼女は、神の呪いで不老不死となり、千年以上長い時を生きる羽目になった。

 長い間、彼女の実兄であり、恋人だった月夜を失った傷は癒えることなく深い場所に根を下ろした。

 それが記憶のない花月にも引き継がれて、不安という形で現れるのだろう。

 二度と離れたくない、という深い愛情と支配され、自分のすべてを月夜に預ける依存心。重いとは思わない。

 ――ゾクゾクする。

 月夜は花月のためならなんだってしてやりたいし、受け止める覚悟もある。

 花月が望むなら、どんなプレイでも応えてやる。

 花月の全てが可愛くて、愛おしい。実質、月夜が支配しているようで、支配されているのは月夜の方だ。

 (なんて、甘美な関係だろうな)

 これだから、この娘を手放せないのだ。

 今世どころか来世も、その先も、魂が朽ちるまで縛り付けたい。

 死が二人を分かつまで、なんて冗談ではない。死後もその先も、永遠にこの娘を愛すると決めた。

(かわいそうだが、逃がしてはやらない)

 カチャリ、と鎖がベッドの柵につながれる。

 頭上に手がある状態で隠すものが何も無い。心許ない気持ちになっていると、月夜が心配そうに頰を撫でる。

「痛くはないか?」

「はい」

「綺麗だよ、花月」

 月夜の甘い顔と声が、花月の熱を上げ、それを見て月夜も熱くなってくる。

「愛してる、俺の花月」

「わたしも、です。月夜さん」

 二人は熱に身を任せ、互いが求めるままに愛し合った。

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