月夜と花月

序章


 凰鳴神社から帰る道すがら、夕焼けを見ながら羽里花月はふと不安に襲われる。

「どうした、花月?」

 感情の機微を敏感に感じ取った婚約者の羽宮月夜が、心配そうに声をかけてくれる。

「……いえ、何でもないです」

「そういう顔には見えないが……」

 月夜が花月の頬を撫でる。

 結婚を間近に控えた女性は情緒が安定しない。いわゆるマリッジブルーに陥りやすいというのは月夜も知っている。だからこそ、愛しい婚約者の不安を少しでも取り除きたくて、月夜は常に花月を思いやって、こうして寄り添ってくれる。

 大事にされている。花月にもそれは伝わっている。

 だけど、時々ふと寂しくなる。

「さっきの槻夜さんたちとのお話が楽しくて、それでちょっと寂しくなっているだけです」

 槻夜――凰鳴神社の神主を務める槻夜光留は月夜と花月の結婚式で斎主を務める。また凰鳴神社の責任者ということもあり、式の段取りや打ち合わせのため、よく彼の元を訪れていた。

 今日も、来月に控えた式のために、彼の自宅に行った。

 光留の家庭は四人の子供たちがいて大変賑やかだ。特に一番下の子は生後一年足らずの子で、今が一番目が離せない時だと光留の妻の花南が笑っていた。

 そんな賑やかな場所からの帰りということもあり、ちょっとだけ、寂しくなったのだろう。

「それならいいが……。何か不安があるなら言ってほしい」

「大丈夫です。それに、わたしも式は楽しみですから」

 それは本当の事だった。

 十数年前、初めて結婚式を見た時から、花嫁になる憧れは花月にもずっとあった。

 その初めて見た結婚式が槻夜夫妻の式だったということもあり、いつかあの二人の様な夫婦になりたいと、ようやくその夢が叶う。

 花月が月夜の手をぎゅっと握りしめれば、それよりも強い力で、花月が痛くないように配慮しながらも力強く握り返してくれる。

 歩きながら自分よりも背の高い月夜を見上げる。

 日本人には珍しい銀色の髪に、アイスブルーの瞳。眼鏡をかけていても人目を引く美しい容姿。月夜の実の両親は日本人だが、先祖に外国人がいたのか隔世遺伝だと月夜は言っていた。

 視力は原因不明で、いつか失明すると聞いたのは、月夜と恋人として付き合うようになってすぐの頃だったと思う。

 それでも、幼い頃からずっと花月を大切にしてくれていた、憧れでもある月夜のそばにいたくて、彼を支えたくて結婚することを決めたのに、こんなに不安な気持ちになる理由がわからないのが怖い。

(幸せすぎるから、怖いのかしら……)

 夕陽に照らされる月夜は、その容姿も相俟って誰もが見惚れるほどカッコいい。

 今も、花月という恋人がいるにもかかわらず、すれ違う女性陣が月夜をちらちら見ている。

 だけど、ふと何処かへ行ってしまいそうな、花月の知らない手の届かないところへってしまいそうな儚さを感じる。

 それに――。

(槻夜さんと、何を話していたんだろう……)

 月夜は光留とよく話をしている。

 聞こえてくる範囲では互いの惚気話で、花月も花南もよく顔を赤らめるし、光留の知人だという女優の紫木菟しづく揚羽あげは――本名、鳥飼蝶子にはよく呆れられているくらいだ。

 それ以外にもよく二人きりで真面目な顔をして話していることもある。

 その時の雰囲気は、何方かというと誰にも割って入れないような、まるで双子の兄弟や生き別れの親子のような、そんな空気感があるのだ。

 光留の方が年上だし、そんなことはあり得ないとわかっていても、月夜が光留を見る目は懐かしむような、反抗期の弟を見るような目をしている。それが、花月の知らない誰かのようで、時々心細くなる。

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