第八話
四月の終わり、ゴールデンウィークまでもう少しという週末。
花南のアパートで光留とおうちデートを楽しんでいた。
夕飯は外に食べに行こうという話になって、混みだす前にと二人で街に出た。
「ゴールデンウィークは何か行事があるんですか?」
「あるけど、俺はまだ学生だし、そろそろ卒論も仕上げたいから、手伝うとしても半日とかになるかな」
「そっか、あと一年で卒業なんですね……」
「寂しい?」
聞かれて花南は真っ赤になる。
「えと……」
「俺は早く卒業したいけどな」
「え……」
それは、早く花南と別れたいということだろうかと、風船がしぼむように急に悲しくなる。
「学生だといろいろ周りがうるさいし、金銭的にも厳しいし」
「そ、そうですね……」
思ったよりも現実的な理由で、ホッとしたような、切ないような気持になる。
「まぁ、神職も年収の上限があるらしくて、あんまり儲からないっていうけど。花南には出来るだけ苦労させたくないし」
「わたし……?」
それは、どういう意味だろう。
言葉通りに受け取るなら、朱鷺子の言う通り、結婚を視野に入れているということだろうか。
それとも、他に別の理由があるのだろうか。
光留は優しく微笑むばかりでそれ以上は何も言わない。
「ほら、もう着くよ」
光留に手を引かれ、気付けば予約していたレストランに着いていた。
「ご飯、美味しかったですね」
「うん、初めてのところだったから、どうかなって思ってたんだけど」
「そうですね、外観のお洒落さに気が引けますけど、中はシンプルでしたし、あまり凝った感じもないですし、お料理も品数自体は多くなかったですけど、どれも丁寧で、デザートもすごく美味しかったです!」
花南の楽しそうな表情に、光留も誘って良かったと安堵する。
帰りは腹ごなしに散歩しようと、いつもより少し遠回りすることにした。
花南と他愛ない会話をしながら歩いていると、スマホから着信音が響いた。
「ごめん、ちょっといい?」
「はい、どうぞ」
花南に断りを入れてから電話に出る。
『ちょっと出るの遅い!』
電話の相手はディスプレイに表示されていた通り、鳥飼蝶子だった。
「普通だろ。で、何?」
可愛い恋人と一緒にいたのに邪魔されたのだから、光留も不機嫌になる。
『あなた相変わらず可愛げがないわね』
「蝶子に可愛げ見せてどうすんだよ。てか、お前そういうの絶対キモいとか言うだろ」
『言うけど』
「オイ」
『まあ、そんなことどうでもいいわ。それより今から来れる? わたしひとりで対処出来ないことはないけど、呪詛の気配が強いのよ』
蝶子から来る連絡は大概落神や悪霊絡みだ。対処しないわけにはいかない。それが、巫女姫である蝶子と、彼女の守り人である自分の役目だから。
「場所は?」
『禁域の方。結界が弱くなってる場所があって、張り直しに来たんだけど、ちょっと遅かったみたい』
「禁域か……。なら確かに早いほうがいいか……」
『ええ。悪いけどお願いね』
「わかった」
光留は通話を切ると、花南に向き直る。
「ごめん、用事が出来た」
「いえ、急ぎなんですか?」
「うん、神社の方でちょっと問題があって……」
光留は申し訳無さそうに花南の手を握る。
「明日空いてる?」
「はい」
「この埋め合わせは明日必ずするから、今日は、ごめん」
何度も謝る光留に、花南は首を横に振る。
「気にしないでください。わたしは、大丈夫ですから」
花南はそう言ってくれるが、やはり心配だ。禁域に呪詛の気配があるなら、引き寄せ体質の花南に危険が及ぶかもしれない。
「お守りはちゃんと持ってる?」
「ここに」
スマホのストラップと、鞄に着けたお守りを見せる。
定期的に新しいものと交換しているから、よほどのことがない限り落神や悪霊に襲われることはない。
本当はずっとそばにいたいけれど、禁域の呪詛を祓うのも花南を守るために必要だ。
「ありがとう、ごめんね」
光留は花南の額や唇にキスをする。
「花南、好きだよ」
恥ずかしそうに頬を染める花南の頰を撫でる。
「わたしも、です」
名残惜しいし、心配だが蝶子がそろそろ痺れを切らしているはずだ。
「じゃあ、明日また連絡するから」
「はい、待ってます」
花南を心配そうに見ながらも、光留は神社の方へと足を向けた。
それを見送って、花南は急に心細くなる。
「蝶子って、言ってたっけ……」
光留の様子からして、蝶子に接する態度は学友達と同じだけれど、それとは別に何か二人にしかわからない会話と空気に、花南は不安になる。
以前、朱鷺子も「蝶子ちゃん」と言っていた。同じ人なのか、別の人なのかはわからない。
光留の浮気を疑うわけではないけれど、気になる。
凰鳴神社は、社殿が小さい割に敷地は広く、裏に林もあったりで管理が大変だと以前光留が言っていた。
花南も林の手前までは行ったことがあるけれど、道が整備されていないということで、その先には入れてもらえなかった。
「禁域って、林のこと……?」
神社で問題があり、光留達の会話から聞こえた禁域という場所に当たりをつける。
正直怖い。
光留と付き合うようになってから、驚くほど化け物にも遭わなくなったとはいえ、生来の引き寄せ体質が無くなったわけではない。光留がお守りを持っているか聞いてきたのも、花南を心配してくれているからだ。
(でも……)
不安なのだ。光留に愛されている、大事にされているのはわかっていても、花南は自分に自信がない。いつ光留が別れ話を切り出すのか、いつも怖い。
蝶子という人のことも気になるし、光留が何をしているのかも気になる。
花南はお守りを握りしめると、凰鳴神社へ向かった。
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