第24話 赤い薔薇の謎 4

ラトクリフ邸の重厚な扉が静かに閉まり、フィリップ・ラトクリフは、過去と向き合うことを決心して部屋を去っていった。家全体には、彼が抱えてきた長年の罪の意識が徐々に外に解き放たれたかのような、静寂が漂っていた。シャーロック・ホームズとジョン・ワトソンは、広間でしばし黙ったまま座っていたが、ホームズの表情にはまだ何かを考えている様子が見て取れた。


「ホームズ、これで一件落着ということか?」

ワトソンが口を開いたが、その声にはどこか確信がない。


「フィリップがすべてを告白した以上、彼自身の心の中では一つの区切りがついたと言えるだろう。しかし、事件そのものはまだ解決していない。ルイーズの死、その真相が我々にはまだ完全に明らかになっていないのだ。」

ホームズは静かに答え、パイプに火をつけた。


「つまり、まだ何か隠されているということか?」

ワトソンは不安げに問いかけた。


「その通りだ、ワトソン。フィリップの話がすべてだとしたら、彼が背負っている罪は明らかだ。しかし、この邸宅にはもう一つの影が潜んでいる。誰かが、この家の中で事件の全貌を知っている。彼女—ルイーズの母親—が赤い薔薇を置き続ける理由も、復讐の一言で片付けられるほど単純ではない。」

ホームズの言葉に、ワトソンは考え込むように視線を落とした。


その時、廊下から足音が響き、執事のハロルド・ウィンスロウが広間に現れた。彼の表情は、いつもの落ち着いた態度とは少し異なっていた。何かを心に秘めているような、しかしそれを口に出すべきか迷っているような戸惑いが見えた。


「ホームズ様、少しお時間をいただけますでしょうか。」

ハロルドは声を潜めて言った。


ホームズはその微妙な変化にすぐに気づいた。

「もちろん、ハロルド。何かお話が?」


ハロルドはドアを閉め、静かに部屋の隅へと歩いていった。彼はしばらくの間、窓の外を見つめていたが、やがて深い溜息をついて振り返った。


「実は…私もこの事件に関わっているのです。長い間、黙っていましたが、これ以上隠し通すことはできません。今こそ、すべてを話すべき時が来たと思います。」

ハロルドの声には決意がこもっていたが、その表情には深い後悔の色が漂っていた。


ホームズは、ハロルドの告白が事件の核心に触れるものであることを直感し、椅子に深く腰掛けたまま彼を見つめた。

「どうぞ、すべてをお話しください。」


ハロルドはゆっくりと話し始めた。

「フィリップ・ラトクリフがルイーズを裏切ったこと、それは事実です。そして、彼女がその後自ら命を絶ったことも。また、彼の罪に対して彼女の母親が復讐を誓ったことも真実です。しかし、それだけではないのです。私もまた、ルイーズの母親—アン・ウォレン夫人—と長い間繋がっていたのです。」


ワトソンは驚き、思わず声を上げた。

「どういうことだ、ハロルド?」


ハロルドは静かに頷いた。

「私とアン・ウォレン夫人は、かつて若い頃、親しい仲でした。ルイーズが幼い頃、私はウォレン家に仕えていたのです。フィリップがルイーズを裏切った後、彼女が悲しみの果てに命を絶った時、私もその出来事に深く関与していました。彼女が亡くなったことを知った時、私は彼女の母親の復讐心を知りながらも、フィリップのもとで仕えることを決意したのです。」


「それはどうして?」

ホームズが冷静に問いかけた。


ハロルドは少しの間、言葉を探していた。

「私には、アン・ウォレン夫人の怒りと苦しみを和らげるために何かをする義務があると感じていました。そして、フィリップが自らの罪に向き合う日が来るまで、彼のそばでそれを見届けるつもりだったのです。つまり、私は二重の役割を果たしてきたのです。フィリップに仕えながら、ウォレン夫人を陰で支え続けていた。」


ホームズはその言葉をじっと聞きながら、静かに頷いた。

「つまり、あなたはフィリップの過去を知りながら、それを見守る立場にあった。そして、ウォレン夫人の復讐心が暴走しないよう、ある種の監視役を果たしていたわけですね。」


「はい。しかし、それでも彼女を完全に止めることはできませんでした。彼女は赤い薔薇を使って、フィリップに自らの罪を償わせることを誓っていたのです。私はそのことを知りながら、ずっと黙っていた。だが、昨夜あなたが真実を追求し始めたことで、すべてが変わりました。」

ハロルドの声には、これまでの苦悩がにじみ出ていた。


ワトソンはハロルドの話を聞きながら、事件が複雑に絡み合った復讐劇であることに気づき、驚きを隠せなかった。

「では、あなたはずっとフィリップに対して二重の忠誠を誓っていたというわけか。」


「その通りです、ワトソン博士。しかし、私もまた、フィリップが自らの過去に向き合い、真実を告白する時を待っていたのです。私は彼に直接何かを強制することはできませんでしたが、いつか彼が償う日が来ることを信じていました。」


ホームズはしばらくの間、ハロルドを見つめた後、静かに口を開いた。

「ハロルド、あなたの役割は、事件の真相を明らかにする上で重要です。あなたがウォレン夫人とどのような繋がりを持っていたか、そのことが事件の背景に深く関わっています。しかし、これ以上隠し続ける必要はありません。今こそ、すべての真実を明るみに出す時です。」


ハロルドは深く頭を下げ、沈痛な面持ちで答えた。

「そうです、ホームズ様。私もようやく自分の役割を終わらせる時が来たのだと感じています。ウォレン夫人の復讐は止められませんでしたが、少なくともフィリップが彼女に謝罪し、すべてが解決することを願っています。」


ホームズはパイプを口に戻し、再び考え込むように煙を吐き出した。

「全てが繋がってきましたね。フィリップの告白、ウォレン夫人の行動、そしてあなたの役割…この事件は、復讐だけでなく、和解を求める物語でもあった。」


ワトソンはホームズの言葉に頷きながら、ハロルドの告白がどれほどの重みを持っていたのかを再確認していた。

「事件は終わりに近づいているが、これからが本当の解決だな、ホームズ。」


「その通り、ワトソン。フィリップがウォレン夫人に向き合う時こそが、この物語の最後の章だ。」

ホームズは静かにそう言った。

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