第19話 消えた男 9

トマス・ペンフィールドが無事に救出され、ウィリアム・コルフィールドの部下たちも警察に拘束された後、村には再び静けさが戻っていた。しかし、ホームズにとって事件の全貌が完全に解明されるまで、まだいくつかの謎が残っていた。彼の探偵としての本能が、すべてのピースが正しい場所に収まるまで決して満足しないことを彼自身もよく理解していた。


その夜、ホームズとワトソンは村の小さな宿屋に戻り、暖炉の前に座っていた。外では雪が静かに降り続き、村全体が白いベールに覆われている。暖かな炎の前で、ホームズはトマス・ペンフィールドから聞き出した新たな情報を整理していた。


「ワトソン、事件は解決したかに見えるが、まだすべての点が繋がっているわけではない。」

ホームズはパイプをくわえながら、低く言った。


ワトソンは、ホームズがまだ何か考え込んでいることに気づきながらも、自分なりの結論を述べた。

「トマスはコルフィールドの陰謀に巻き込まれ、借金で支配されていた。そして、反抗したために彼を消そうとした。事件の全貌はこれで明らかになったのではないか?」


ホームズはワトソンの言葉に微かに微笑み、パイプから煙を吐き出した。

「確かにその通りだ。表面的には事件は解決している。だが、私が感じるのは、コルフィールドの動機や、トマスが巻き込まれた経緯にまだ隠された部分があるということだ。」


ホームズは手元に置かれたトマスの手紙や借金の書類を見つめ、ゆっくりと語り始めた。

「トマスは確かにコルフィールドに借金を抱えていた。しかし、彼が借金をした本当の理由については、まだ完全に明らかになっていない。コルフィールドは金銭を利用してトマスを支配しようとしたが、彼は単に借金の返済を迫っていただけではない。彼にはもっと深い目的があったのではないか。」


ワトソンは少し驚き、ホームズに視線を向けた。

「深い目的?つまり、コルフィールドがトマスに金銭的な圧力をかけていた以上の動機があったというのか?」


ホームズはゆっくりと頷いた。

「そうだ、ワトソン。その証拠が、この借金の詳細にある。コルフィールドがトマスに貸し付けた金額は、彼が返済できる額をはるかに超えている。彼の財政状況を知っていたコルフィールドは、トマスにこの巨額の借金を押し付けることで、返済不能にさせることを意図していた。つまり、最初からトマスを破滅させる計画だったのだ。」


「破滅させる計画?」

ワトソンはさらに驚いた表情を浮かべた。


「そうだ。コルフィールドはトマスを単なる犠牲者として扱ったわけではない。彼にはもっと大きな目的があった。おそらく、彼の製材工場を手に入れるつもりだったのだ。トマスが経営していた工場は、村の中でも重要な産業の一つであり、彼を破滅させることで、その資産を手に入れることがコルフィールドの真の狙いだったのだろう。」


ホームズは机の上に広げられた書類を指し示しながら、さらなる推理を続けた。

「そして、トマスがそれに気づいたとき、彼はコルフィールドに反抗しようとした。だが、すでに借金の泥沼にはまり込んでいたトマスには逃げ道がなかった。最終的には、コルフィールドに連れ去られ、監禁されることになった。」


ワトソンはその推理に感心しつつも、ある疑問を口にした。

「それにしても、コルフィールドはなぜそこまでトマスを追い詰めたのか?単に製材工場を手に入れるために命を奪う必要があったのだろうか?」


ホームズは一瞬考え込んだが、やがて静かに答えた。

「コルフィールドにとって、これは単なる金銭的な取引ではなかったのだろう。彼には、トマスを徹底的に破壊し、その上で彼の事業や資産を奪うことが何らかの個人的な目的に繋がっていたのかもしれない。おそらく、トマスの成功に対する嫉妬や、彼に対する個人的な恨みが動機だったのだろう。」


「つまり、コルフィールドは自分の利益を守るためだけでなく、トマスを破滅させることで何らかの復讐を果たそうとしていた可能性があると?」

ワトソンが推測すると、ホームズは頷いた。


「その通りだ、ワトソン。コルフィールドは巧妙に計画を練り上げ、トマスを巧妙に追い詰めていった。だが、彼の計画は私たちの手で崩れ去った。トマスを救出することができたが、もしもう少し遅れていたら、彼は殺されていただろう。」

ホームズの目は鋭く光り、彼の探偵としての洞察力が事件の隠れた真相に迫っているのを感じさせた。


ワトソンはしばらくの間、黙って考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「ホームズ、この事件は君の推理力がなければ解決しなかっただろう。トマスは無事で、コルフィールドは逮捕された。だが、彼が抱いていた恨みや復讐心は、村の中でどのような影響を与えていたのか…それを考えると、少し背筋が寒くなるな。」


ホームズはパイプを軽く叩いて灰を落としながら、静かに微笑んだ。

「復讐心は恐ろしいものだ、ワトソン。それがどれほどの力を持っているかは、この事件が示している。だが、私たちは真実を追求し、正義を貫くために存在している。そして、今回はその役割を果たせたのだ。」


ワトソンはホームズの言葉に深く頷き、暖炉の炎を見つめながら静かに思いにふけった。事件は解決し、トマスは無事救出されたが、村に残された暗い影はまだ完全に消え去ったわけではない。コルフィールドの影響がどこまで広がっていたのか、それは今後も村に何らかの形で残るかもしれないという不安が、ワトソンの胸中に渦巻いていた。


「ホームズ、君の推理はいつも見事だ。今回も、君のおかげで多くの人々が救われた。」

ワトソンは穏やかな声で言った。


「ありがとう、ワトソン。だが、これはまだ始まりに過ぎない。我々にはまだ多くの謎が残されている。次の事件が待っているだろう。それまでにしっかりと休んでおこう。」

ホームズは静かに微笑み、パイプを再びくわえた。


外では、雪がさらに激しく降り積もり、村全体を包み込んでいた。その白い静けさの中で、ホームズとワトソンは、次なる挑戦に備えるために束の間の安らぎを楽しんでいた。


次回予告

「赤い薔薇の謎」がスタート

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