第14話 消えた男 4
トマス・ペンフィールドの家を一通り調査した後、シャーロック・ホームズとジョン・ワトソンは次に村の住民に話を聞くため、村の中心部に向かった。冷たい風が雪を舞い上げ、道を覆い隠すように吹きすさんでいた。村は今なお白い静寂に包まれており、人々は家に閉じこもりがちだったが、村の中心にある雑貨店では、わずかに温かな光が漏れていた。
「ここが雑貨店だ。村の人々の集まり場でもある。」
マクドネル巡査が店を指さしながら、ホームズとワトソンに説明した。
「ヘンリー・マクガバンという男が経営している。村の噂話に詳しく、何か知っているかもしれない。」
ホームズは頷き、店のドアを押し開けた。ドアベルが軽やかな音を立て、温かい空気が二人を包んだ。店の中は狭いが、棚には所狭しと日用品や食料品が並んでいた。カウンターの後ろでは、背の低い男が商品を整理していた。彼がヘンリー・マクガバンだった。ホームズの姿を見ると、ヘンリーは少し驚いた表情を浮かべ、手を止めた。
「おお、シャーロック・ホームズさんだね。村に来てくれるとはありがたい。何でもトマスが消えたということで…村中が不安に包まれているよ。」
ヘンリーは落ち着かない様子で言いながら、カウンター越しに彼らを見つめた。彼の声には、明らかに不安と緊張が感じられた。
「マクガバンさん、あなたがトマス・ペンフィールドと親しい間柄だったと聞いていますが、何か変わったことはありませんでしたか?彼の失踪について何か心当たりは?」
ホームズがストレートに尋ねると、ヘンリーは一瞬口ごもったが、やがて低い声で答えた。
「正直言って、トマスは最近、様子がおかしかったんだ。誰にも言えない悩みを抱えているようで、何度か店に来ては、いつもより神経質な感じがしたんだよ。でも、具体的に何が原因かはわからない…彼は口を堅く閉ざしていたから。」
ヘンリーは目を伏せて答えたが、何かを隠している様子が明らかだった。
「最近、彼が誰かと会っていたとか、特別な話をしていたことは?」
ホームズはさらに掘り下げて質問した。
「ええと…最近よく来ていたのは、ウィリアム・コルフィールドという男だ。彼も村の住人だが、あまり良い噂は聞かない。トマスとは昔からの知り合いだが、最近は何度か店で二人が話し込んでいるのを見かけた。トマスは少し怯えているように見えたが、彼らの会話にはあまり耳を傾ける機会はなかったんだ。」
ヘンリーは警戒するように声を落として答えた。
「ウィリアム・コルフィールド…」
ホームズはその名前を口に出し、思案するように目を細めた。
「そのコルフィールドは、どんな人物なのですか?」
ワトソンが続けて尋ねた。
「コルフィールドは表向きは投資家として活動しているが、村では裏社会とのつながりがあるという噂が絶えない。彼はお金の貸し借りを裏で仕切っていて、借金を抱えた人々を取り込むのが得意なんだ。トマスも、もしかしたら何かトラブルに巻き込まれていたのかもしれない。だが、私もそこまで深入りするつもりはなかった。」
ヘンリーの言葉には、コルフィールドに対する恐れがはっきりと滲んでいた。
「なるほど、コルフィールドについてはもっと詳しく調べる必要がありそうだな。」
ホームズは静かに頷き、次にヘンリーの妻アンナが店の奥から姿を現した。彼女は、夫の会話を聞いていたのか、少し緊張した表情でホームズたちに向き直った。
「失礼します、ホームズさん。実は、夫はあまり言いたくないかもしれませんが…トマスが失踪した夜、夫は何かを見たんです。」
アンナが静かに言うと、ヘンリーは急に焦った表情を浮かべた。
「アンナ!それは…」
ヘンリーは妻を制止しようとしたが、アンナは決然と続けた。
「言うべきことよ。ホームズさんなら解決してくれるはず。実はその夜、私は眠っていて気づかなかったけれど、ヘンリーが夜遅くに家の外で何かを見かけたんです。」
ホームズはその言葉に反応し、興味深そうにヘンリーを見つめた。
「何を見たんですか、マクガバンさん?」
ヘンリーはしばらく沈黙していたが、やがて重い口を開いた。
「…その夜、私は家の外で妙な音を聞いたんです。時計を見ると、夜中の2時過ぎだった。窓から外を覗くと、トマスの家の方角で何か人影が動いているのが見えました。最初は見間違いかと思ったが、その人影は明らかに誰かを連れているようだった。誰かがトマスを連れ去ろうとしていたのかもしれない…だけど、あまりにも奇妙な光景で、怖くてそれ以上は何もできなかった。」
ヘンリーは深く息をつき、ホームズに向かって頭を下げた。
「すみません、私は何もできなかったんです…恐ろしくて、動けなかった。」
ホームズはヘンリーの言葉をじっくりと聞いた後、静かに頷いた。
「マクガバンさん、あなたが目撃したことは重要な手がかりです。おそらくその人影が、トマス・ペンフィールドの失踪に関わっている可能性が高い。あなたが行動を起こさなかったことを責めるつもりはありません。むしろ、その情報を提供してくれたことに感謝します。」
アンナは安堵の表情を浮かべ、ヘンリーに優しく微笑みかけた。
「これで少しは前に進むことができるわね。」
ホームズは少し考え込んだ後、再びヘンリーに質問した。
「その人影の特徴について、何か覚えていることはありませんか?服装や身長、歩き方など、どんな小さなことでも構いません。」
ヘンリーは眉をひそめながら記憶をたどり、やがて答えた。
「服装は黒っぽいコートを着ていて、身長は…おそらく平均的な男性くらいだったと思います。ただ、歩き方が少しぎこちないというか、何か重たいものを運んでいるような感じでした。」
「そのぎこちない歩き方が重要なヒントになるかもしれませんね。」
ホームズは微かに笑みを浮かべた。
「コルフィールドについては、彼の居場所や行動を詳しく調べてみる必要があります。もしトマスが彼と何らかの取引をしていたのだとすれば、彼が失踪に関与している可能性が高い。」
ホームズはそう言って立ち上がり、店のドアに向かって歩き始めた。
「マクガバンさん、アンナさん、ご協力に感謝します。あなた方の証言が事件解決の手がかりとなるでしょう。」
ホームズは二人に短く頭を下げた。
ワトソンもまた、感謝の言葉を述べ、二人に向けて温かい微笑みを送った。
「ありがとう、マクガバンさん。あなたの情報は非常に有益でした。」
店を出た後、ホームズはしばらくの間、雪道をじっと見つめていた。考えを巡らせながら、彼は次の一手を探っていた。ウィリアム・コルフィールド、そして夜中に見られた人影。この事件の鍵を握る人物が、徐々に浮かび上がってきている。
「さあ、ワトソン。コルフィールドを探りに行こう。彼がこの事件の黒幕である可能性が高い。」
ホームズはそう言うと、再び寒風の中、足早に歩き出した。
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