第8話  第三部 『ガンプロ』始動

1 卒業生達


 困っていた段ボール問題は、意外なところから解決することになった。

毎回車検を頼むことにしている卒業生の村上達也が学校にやって来た。以前に勤務していた学校での卒業生で、高校を卒業後に父親の経営する自動車修理工場に入り、それからもう10年以上になる。サッカーで高校に推薦入学した彼は、中学生の頃にはいつでも真っ黒な顔をしていた。それに比べると今はずいぶんと「色白」になったように思えるが、それでもずいぶんと日焼けして見える。そして、上半身にもずいぶん余計な肉が付いたようだ


「先生、代車はやっぱ必要ですよね?」

「もちろん」

「どんなタイプの良いっすか? 今、あんまり空いてるのないんすよ」

「検査一日で終わるだろ? 一日だけだもの、まともに走ればいいよ」

「そうすか。で、先生このスバル、もう10年でしょ。そろそろ新車にしましょうよ? 安く手に入りますよ!」

村上達也の口調がちょっと変わった。


「なんだ、新車も扱うようになったんか?」

言いにくそうな雰囲気を出していた村上だが、ちょっと声を小さくして続けた。

「ディーラーに仲間がいるんですよ。少し手を広げないと、ウチみたいなちっちゃいところ、修理部門だけじゃなかなかっすから」

「それで、新車のセールスも始めたってわけかい。たいしたもんだなお前も。でも、残念だけど俺は貧乏人だからな、退職するまで今の車乗りつぶそうと思ってるんだけど」

「そんな、何年乗るつもりすか? まだまだずっと先でしょう!」

村上にとって私は、担任のころの姿そのままに映っているのかもしれない。


「あと7年」

「ウソー! 先生もうそんな年でしたっけ?」

「そうさー。お前ら卒業してから何年たつ?」

「今年30になりますから、もう、15年ですか」

「だろ。俺はあんとき、37か8くらいだったからよ」

「いやー、ほんとすか。先生、若く見えますよ!」

職員室にいた先生方が笑っている。


「……あの頃部活の生徒とよく走ってましたよね。なんかあのイメージのまんまですよ。変わんないですよ」

冗談には思えない言い方だった。

「いやー、おまえ、それセールストークってやつだろ!」

「いやいや、そうじゃないっすよ。ほんとに先生、そんな年には見えませんって」

そうやってはっきりと言われると悪い気はしないものだ。

「いやー、先生、俺たち、ほんとに、……もう30にもなったんすから……。いろいろ考えてんすよ、……いろんなことできるようにならないと。生きてけないすよ。みんなそうっすよ。あんときの奴らも何人もセールスやってんすよ。みんなそれなりに考えてますよ。やっぱ……」


「そうだろな。もうみんな30歳だもんな。働き盛りってやつだ。衰えていくのは俺だけだよ」

「でも、先生、俺以外にもいろんな仕事してるやつらいるから、なんかの時役に立てるじゃないっすか。中田だって歯医者継いだし、山下はほら、じいさんの工務店任されてるようだし……」

「お前にはいつもサービスしてもらえてるしな。助かるよ」

村上達也には本当に役に立ってもらっていた。わずか二年間だけ、「先生と生徒という関係であった」という、ただそれだけのことなのに、いつまでもこうやって「教え子の生徒」として振る舞ってくれる。こうやって卒業生たちが訪ねてきてくれるたびに、学校の先生という職業は本当に恵まれていると改めて感じさせられる。


「あ、先生知ってますか? 梅田エリカがね、弁当屋始めたんですよ。ほら、学校の斜め向かいにケーキ屋さんあったでしょう。あすこダメになって、そのあと引き継いで弁当屋にしたんですよ。居抜きでけっこう安かったらしいんすけどね……」

「居抜きって?」

「ああ、なんか、内装だとか、水回りだとか、そういう設備を前の店のまんま引き継いだ形で買えるってことらしいですけど」

「へー、なるほどね? なんかお前達……プロなんだねえ、そんな言葉も普通に会話に入ってくるんだねえ!」

私は、本心から彼らに感心していた。

「いやいや、お客さんの中にはいろんな仕事してる人たちいますからね。自然にそうなっちゃうんすねきっと。」


「お前達はすごいと思うよ。本当に!」

「何言ってんすか、照れるじゃないすか。……ああ、それより、『花ちゃん』っていう名前の店なんすよ。変な名前っすよね、まったく弁当屋っぽくないでしょう。『花ちゃんって誰だよ』って聞いたら、自分の名前にして欲しかったんだそうですよ、『花ちゃん』って、相変わらずでしょ!変なとこ変わってないっすよね!」

「梅田エリカって、ダンスやってたよな。なんとかいうダンススクールに通ってて……たしか、近藤と結婚したんじゃなかったか。サッカー部の?」

「そうっすよ。あの近藤も、今は真面目にセールスマンやってますよ。大和包装っていう包装資材屋さん。」


「包装資材……」

「この前の土ヨービも飲みに行ったんすけど、ああ、あん時のサッカーやってた奴らとはよく会うんですよ。んで、今日先生に会うこと話したら、すんごく懐かしがってましたよ。おー、そうだそうだ、そういえば、先生に名刺渡してくれって言われてたんだ。……ほら、これ」

村上が細長い皮の財布から名刺を抜き出して見せた。

「引っ越しとか、配送とかの時にね、荷物の間に挟むクッション材とか、あと、段ボールとか作ってる会社らしいです。引っ越しの時は手伝うって言ってましたよ。」


「段ボール!!」

村上達也は来るたびに昔の仲間の楽しい話を持ってきてくれる良いやつだ。そして今回が一番いいやつになってくれたかもしれない。


村上達也から渡された名刺をもとに、近藤一樹と連絡を取った。やって来た彼はしっかりと大人の顔をしていた。村上達也の話から始まり互いの近況を話した後、今回の話をかいつまんで伝えてみた。


彼は中学2年の時、ちょっと厄介な存在だった。来校するたび必ず涙を流す母親を見て自らも涙ぐんでいた。母子家庭で、母親には迷惑をかけたくない気持ちが人一倍強かった。だが、自分をうまく伝えることができないことが原因で、学年の仲間とも、部活動内でも何度もトラブルを起こしてしまうのだった。


あの頃は話すことが一番苦手だったのだが、今では村上達也以上にセールスマン口調で軽やかな話し方をした。そして、無理な注文だったはずなのに、段ボールの特性や種類についてまでほんとうに丁寧に説明してくれたのだ。中学の時には、木村天斗とおんなじで、朝の会のニュースからいつも逃げまわっていたやつなのに、ちゃんと立派な大人になっていた。それもそのはず、彼は4歳の子供のパパになっていたのだ。


彼のおかげで段ボールにちょっとだけ詳しくなった。

生徒たちが学校祭の作品作りのためにスーパーなどからもらってくる段ボール箱は、厚さ5㎜のものが一般的で、それはAフルートと呼ばれるタイプのものだ。段ボールの波の部分の段のことをフルートといい、段ボールの波の高さ(フルート)によって段ボールは区別される。使用する箱の用途によって使い分けられているようだ。今回の「ガンダムプロジェクト」の場合、Aフルートだと折り曲げるときに厚すぎて角をシャープに出せなくなってしまう。だからそのまま部品を重ねて組み立てると、寸法の誤差もかなりなものになってしまう。


今回のガンダムとザク用としては、Bフルートと呼ばれる厚さ3㎜の段ボールを用意することにした。これは、瓶詰商品や割れ物商品の内装箱に多く使われているようで、ほとんど市販はされていないらしい。しかも規格通りの大きさではだめで、展開図の拡大の関係からうまく部品を切り取れる範囲を計算した結果、160㎝×120㎝という特注品にしてもらうことになった。この寸法は近藤一樹が製造部門の社員と連絡を取りながら出してくれた数字だった。


ガンダム用に15枚、ザクには16枚の段ボールが必要になる。失敗することを考えると50枚分は必要になると考えた。専門店としては、本当はこんな少ない枚数をオリジナルの寸法にカットするのは採算が取れなに違いない。それでも、まったく問題ないというふうな顔で近藤一樹は便宜を図ってくれた。

「先生、こんなことぐらい、たいしたことじゃないですよ。もっともっと、無理な注文ふっかけてくる相手はいっぱいいますから。大丈夫ですって。出来ないときにはちゃんと出来ないって言いますから。こっちだってちゃんと利益を上げますからね」


「ほんとか?」

「大丈夫ですって、その代わりここの学校にも入り込ませてもらいますから」

「学校じゃたいした需要ないって」

「先生、そんなことないんですよ。僕らみたいな業者が直接学校とコンタクト取るのはなかなか難しいことなんですよ。大体は教材屋が間に入ってしまうから、そっちの方が僕らにとっては面倒くさい注文になるんですよ。事務担当の人とか、用務員さんにも顔つないどきますから。結構おいしいかもしれないんですよ。上司からもちょっとプッシュされましたし……」


村上もセールスのプロになっていた。素人の私なんか、もう話すことはない。これこそが当たり前なことに違いない。うれしい時間だった。

今度「花ちゃん」に弁当を買いに行って、梅田エリカ、いや近藤エリカにもこの話をしてやろう。

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