明菜は気がつく
明菜は勢いでバイトに応募したものの、いざ面接となってとてつもない緊張を強いられていた。そもそも家族以外の人と話すのが久しぶりな上に、敬語とか間違えたらどうしようとか、礼儀とか出来てなかったらどうしようとか、色々なことが頭を巡ってパンクしそうになっていた。
そもそも彼女は自分の失敗談が強烈に記憶に残っていて、また同じようなことにならないかという心配が付きまとうのだ。しかし明菜は自分が応募したバイト先――コンビニの前でパンッと自分の頬を叩き、気合いを入れ直した。
「ユウとのデートのため、デートをしたいから」
自分の目的の再確認だ。ユウのためなら頑張れる。ユウとデートしている自分を想像すれば勇気が出た。一歩踏み出せた。そしてコンビニの中に入り、店員に声を掛けようとして――
「あ……あっ……」
上手く声が出せなかった。緊張して喉が引き攣るのだ。そのことで余計にパニックになる。上下左右も分からなくなり、グルグルと頭が混乱していく。泣きそうだ。帰りたい。もう嫌だ、何もかも投げ出して帰りたい。そう思ったその時、その店員は明るい声でこう言った。
「あっ、もしかして面接しに来た人!? 店長から聞いてたんだよね、今日面接の人が来るって」
救われた。そう思ったと同時に、その声が男性の声だと気がついた。顔を上げると、そこには美少年がいた。今まで俯いていたから気がつかなかったのだ。キュッと心臓を鷲掴みにされた。彼は優しく微笑みながら明菜をエスコートするようにレジ中に案内する。
「ほら、こっちに来てください。今、案内しますから」
さっきからずっと別の意味でドキドキしっぱなしだ。明菜はユウ一筋とは言え、男性を前にすれば、否応なしに興奮するし、緊張するし、舞い上がってしまう。しかも彼はユウと同じくらい優しかった。女性だからって嫌な目を向けてこないし、自然とエスコートしてくれるし、何より緊張を解そうとしてくれているのが分かった。
「お姉さん、店長さんは優しい人だから安心してくださいね。まあ……ガサツで適当で大雑把な人間ですけど、いい人なのは間違いないので」
彼がそう言っている間に、その後ろにポニーテールに髪を結んだ二十代後半から三十代前半くらいの女性がやってきて、腕を組んで彼の言葉をうんうんと頷きながら聞いていた。そして言い終わると同時にゲンコツを一つ。
「そうかそうか、お前が私のことをそう思っているのはよぉく分かった」
「げっ、店長」
しまったという顔をするその美少年に、店長はやれやれと首を振った。それから視線を明菜の方に向けると言った。
「まあ、その、なんだ。祐二……コイツが言うには私はガサツで適当で大雑把みたいだから、そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ。安心して面接を受けてくれ」
その二人の優しさに思わず泣きそうになり、その直後、ふと明菜は言葉が漏れる。
「祐二……?」
「ああ、コイツの名前だ。ユウとか、祐二とか呼んでも構わないぞ」
「そういう許可は本人がするもんじゃないんですかね……?」
店長と祐二がそう軽口をたたき合っているが、明菜にはその言葉は耳に入っていなかった。ユウという言葉に、この間男性だと発覚したゲーム仲間のことが頭にちらつく。もしかして……いやでも違ったら恥ずかしいし……でも、そもそも男性が少ない中で、ユウと祐二ってのは……とか思っている間に祐二はレジに行き、店長は明菜に言った。
「それじゃあ面接をするから。こっちに来てくれるか?」
明菜はそれに頷いて、店長の行き先についていった。そうして明菜は無事に面接を終え、合格のメールを貰うのだが、ずっと祐二とユウのことが頭を巡って、それどころではないのだった。
***
俺は姉の玲菜に頼まれて現在、コンビニのバイトを代理でしていた。どうやら我が姉は志望校のA判定にギリギリ届かなかったらしく、さらに勉強を追い込もうとしていた。それ故、家族の頑張りは応援するものだと言われ、バイトの代わりを押しつけられた。まあバ先のコンビニの店長さんは元々知り合いだし、適当だし大雑把な人間なので、こうして替え玉になることは度々行われているのだが。本当は駄目なんだけどね。
そうして俺がコンビニのレジ打ちをしていると、一人の少女がキョロキョロと不安そうに辺りを見渡しながら入ってきた。そして俺を見つけると、とととっと駆け寄ってきて、何かを喋ろうとして言葉に詰まっていた。そこで俺は店長から面接の子が来ると伝えられていたことを思い出し、この子がそうなのかなと当たりを付けた。
そして出来るだけ緊張を解すように優しく語りかけながら話をして、彼女が面接の子だということを確定させた。店長を呼んでこようとして、ちょっとついでに更に緊張を解すために店長の悪口を言ったらちょうど裏から出てきていてゲンコツを食らってしまった。
それから彼女は無事面接を終えられたようだ。店長はちょっと上がり症なところがあるが、良い子そうだし合格にすると言っていた。しかし……途中からずっとこちらをチラチラ窺うように見ていたのは、一体何だったんだろうな?
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