I love, and you?
微睡
1
空って、本当に私のこと好きなの?
朝に強い人間って本当にいるのだろうか、と常々思いながら生活をしているわけだが、どうやら存在するらしい。未だ夢の世界に片足を突っ込んでいる私とは対照的に、既に身支度をほとんど終えてキッチンで珈琲を淹れている彼女。
昨夜寝た時間に差はほとんどないはずなのだが、私たちの間にはこんなにも大きな差があった。何故なのか。
「…聞いてるの」
「聞いてる…」
「じゃあ返事してよ」
返事とは。
さっき彼女に告げられた言葉を反芻する。普段の自分だったらすぐに思考しすぐに返事をすることができただろうが、如何せん寝起きの頭では難しかった。動きが鈍い、どころではなくほとんど働いていないに等しいのだから。そんなポンコツの頭で、どうにかこうにか考えを巡らせる。
チチチ、と窓の外から鳥の鳴き声が聞こえた。とろりとした陽がガラス越しに差し込んで来て、顔の片側だけがぽかぽかと暖かい。
「別に…」
好きかどうか、なんて。どうしてそんなこと聞くんだろうなぁ、と思った。
「普通に好きだけど…」
…あ、失敗した。
彼女の表情を確認した瞬間にそれを悟る。
先程までは無表情ながら僅かに感情を滲ませていた顔からス、とそれが消え去った。すこんと全て抜け落ちた顔に、輪郭の定まらない焦りを感じる。うなじをそわ、と微かな震えが駆けぬけた。
「…そう」
カチャカチャかき混ぜていた珈琲をグ、と飲み干して、黒の鞄を肩に引っ掛けて玄関に向かう後ろ姿。いつもと違う冷たさを感じた。そうしてがちゃん、と扉の閉まる音が耳に入る。
無言。毎朝欠かさずに告げられる「いってきます」はの声はない。流石の私でも、彼女を怒らせてしまったことは容易に理解できた。
さて、どうしようか。
いちごジャムを塗ったトーストをもそもそと口に入れながら、スマホの液晶をいじる。
口に髪の毛の感触がしたから、もごもごやってぺ、と吐き出した。寝起きで梳かしてすらいないそれはぐちゃりと絡まっている。ばっちい。
そしてしばらくの後、スマートフォンから声がした。
「…もしもし」
「マイスイートハニーのご機嫌がよろしくないんだけど、どうしたらいいと思う?」
「切っていいか?」
まあそりゃそうなるだろう。朝っぱらからいきなり電話をかけられて、告げられた言葉がそれだなんて。私でも辟易する。こころから気の毒に思うが、残念なことに今の私はそんなこと気にしていられないのだ。
「十時に研究室集合で」
「ぶん殴ってやろうか」
「心底同情してる。ごめん」
「お前さ」
ぶち、と一方的に通話を切った。すると空間から音が消えて、途端に時の流れが遅くなったように感じる。
嗚呼なんて可哀想な人。そう思いながら、トーストを一息に飲み込んだ。
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