警備ロボットはミステリアス

グリフ

第1話

 この世界は危険なモノで溢れている。銃火器が可愛く見えるほどのものだ。人が作ったものはまだ良い方で、説明のつかない超自然的な現象はもっと恐ろしい。

 俺たちの組織はそういう危険物を世界各地から収集し、この施設に収容、保管している。いわゆる『世界平和』のためにな。決して、面白そうなモノを独占したいからではない。

 本当だぞ?

 ――組織の名前?

 悪いがそれは教えられない。機密事項だからな。施設の場所も、当然だが教えることはできない。

 もし誰かに教えたら、俺はその日のうちに遺書を書かなきゃいけなくなる。

それは嫌だ。

 だが特別に、ほんの少しだけ見せよう。俺たちの非常に忙しい、スリルに満ちた冒険の日々。なんなら一日中同僚と世間話をするくらい大変な仕事を。


 1

「ジャック。ロボットに自我はあると思う?」

 同僚のデイビスが唐突に言った言葉で、トランプカードを片付ける手が止まった。

「自我か。……無いと思うぞ。人工知能なら話は別だが」

「だよねぇ。じゃあ、あれは何をしてるんだろう?」

 デイビスが指さしたのは、警備室の壁に備え付けられた大きなモニターだ。

 画面には、この施設の至る所に設置された監視カメラの映像が表示されている。

 デイビスはコンソールまで歩み寄ると、キーボードを操作して廊下の映像を拡大した。

 ロボットがゆっくり歩いている。ずんぐりむっくりした金属の塊に無骨な四つの短い足が、絶妙に可愛く見えないこともない。全体のシルエットだけみればカピバラに似ているだろう。

 廊下の遠近感から、人の背丈の半分ほどの大きさだとわかる。

 この施設ではよく見る光景だ。人件費削減と機密保持のために施設の清掃や管理のほとんどがロボットによって行われている。だからかもしれない。俺たち警備員がたった二人で、こうして暇を持て余しているのは。

 仕事と言えば、万が一ロボットに解決できない事件が起きた場合と、ロボットがエラーを起こした場合の対処だが、そんなことはたったの一度だって起きていなかった。

 おかげ様で毎日警備室に籠り、同僚のデイビスとトランプゲームに興じる。面白おかしい日々を送っていたのだ。

 組織の規則さえ守っていれば生活には困らない。全てロボットたちのおかげだ。

 しかし、その完璧なロボットたちが今、モニターの中で妙なことをしている。

 前足の片方を器用に持ち上げ、近くを通る別のロボットに向かって左右に動かしているのだ。

 まるで手でも振っているかのように。

「気のせいかな。僕にはあれが『挨拶』をしているように見えるんだけど」

「まさか。どうしてロボット同士で挨拶するんだよ」

「それもそうだよな。あはは……」

「そうだぞ。まったくデイビスは変なこと言うなぁ」

 二人そろってぎこちなく笑ってから、デイビスがいきなり大声を上げた。

「――いや、おかしいでしょ! なんだよ挨拶って。どう見てもおかしいよ!」

 デイビスは慌てて赤いボタンへ手を伸ばした。ガラスカバーで蓋をされたそれは、全ロボットを強制停止させる非常ベルだ。

「ちょっと待った!」

 俺は咄嗟に叫んでしまった。

 どうしよう。ロボットを止めたら代わりに俺たちの仕事が増えてしまう。なんとかデイビスを納得させなければ。

 刹那の沈黙の後、俺は再び口を開いた。精一杯、堂々とした態度を装う。

「あれは正常な挙動だ」

 自身の優位を確信した顔を作り、断言する。

「なに言ってんの。挨拶だよ?」

「ああそうだ挨拶だよ。ただの挨拶。別に害があるわけじゃない。ここのロボットには学習機能があったはず。たまたま研究員が挨拶している所を目撃して、それを真似ているだけだ」

 たぶん。きっと。そうだったらいいな。いや、そうに違いない。

 不意に、デイビスがニヤリと笑って頷いた。

「で、その本音は?」

――勘のいい奴は嫌いだよ。

「……仕事したくない。ゆっくりコーヒーを啜っていたい」

「だからって問題を見て見ぬふりはできないでしょ」

「なに言ってんだよ。これを上に報告したら、わかるだろ? 大事な労働力たるロボットを切り捨てて、この優雅な日々に別れを告げる覚悟がお前にあるのか?」

 俺の言い訳がましい説得を受けてデイビスが口ごもった。その隙を逃さず追撃する。

「――わかった。もし本当にウイルスやエラーなら、一杯奢る」

「責任問題だよ。リスクと報酬が釣り合ってない」

 足元見やがって。

「つまみも好きなだけ頼んでいいから」

「んー。もうひと声」

「……なら焼肉! 焼肉でどうだ!?」

 指を突きつけて宣言すると、デイビスの目が怪しく光った。

「誰でも挨拶はするよね。うん。ロボットもする。実に道徳的。なにももんだいはない」

 この世迷言によって、俺たちの責任と倫理と焼肉を賭けた戦いが始まった。

 何者も、焼肉の誘惑には抗えないのだ。

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