空色杯15(500字以上の部)

mirailive05

キャンバスに描く空の色は

 古びたシェア・アトリエに、更に古びたエアコンの音が、耳につかない絶妙な音程で鳴っている。

 九月も終盤になろうというのに外はまだまだ暑かった。その中創作にいそしむのは、よっぽどのもの好きか、進級に自信のない美大生だけだろう。今ここにいるのは、両方に該当する俺とあいつの二人きりだった。

 キャンバスにスカイグレーのリキテックスを塗り上げて、俺はご満悦だった。

 長い長いスランプを乗り越えて、確たる手ごたえを手に入れたと実感していたからだ。

 スランプと言っても、今考えれば大したことはない。つまらん思い込みと、そこから始まる思考の偏りで堂々巡りし、自滅したに過ぎなかった。

尋外志ひろとし、ノリノリね」

 隣で石膏を盛っていた杏南あんなが瞳だけ向けてニヤついた。

「おう、ただ今のメンタルゲージはリミットいっぱいだぜ」

 わざとらしいほどのオーバーアクションで筆を動かし、色彩のトーンを変えて雲を描いていく。

「早々にまた自信が無くなったーとか言って落ち込まないでよ?」

 俺はわざとらしく顔をしかめる。

「そこは素直に応援してくれよ」

「そういうときほどズッコケるから心配してるの」

「……ありがたき幸せ」

「よきに図らえ」

 尊大な態度で手を振る杏南。げらげら笑いなが簡易キッチンに消えた。

 あいつは俺の何なのだろうか。

 幼馴染というほど付き合いは古くはないが、ただのクラスメイトというほど薄くもない。

 かといって恋愛に発展するわけでもないし、でも疎遠にもならない。

 専攻は違うが創作論を戦わせることもあり、反転協力してお互いの創作を高め合うこともある。

 今回俺がスランプを脱したのも、あいつの何気ない一言のおかげだった。

「考えすぎじゃない、あんたもっといい加減なやつだったじゃないの?」

「……」

「バカは考える前に手を動かせって、教授も言ってたじゃない。プククッ」

「てめえ……」

 その後大学中を追っかけっこして周りに呆れられた。 

 そう思いだしてふと気が付く。

 ああ、まるで今描いてるスカイグレーの絵のような関係だな。青でも灰色でもない捉えどころがないけど、鮮やかにそこにある。

 そんな関係が、妙に心地よかった。

 簡易キッチンから声がかかる。紅茶と手製のスコーンを運べという命令が下された。

「悪くないな」

 まだしばらくは、このスカイグレーな関係が続くのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空色杯15(500字以上の部) mirailive05 @mirailive05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る