第9話
(あれは、お前、だったのか?)
王立学院ソラリスは、身分に関係なく、望めば誰でも無償で平等に学問や技術を習得することができる、王家設立の学校だ。その代わり、国の有事の際には必ず王命に従い、何をおいても王家のために全てを捧げる義務を負う。
全寮制で、3年制と6年制があり、オリバーは両親やシリウス伯の勧めもあって14歳~20歳の間の6年間ソラリスに通い、王都で寮生活を送った。
ソラリスには王族や貴族の子供も通うが、オリバーのように平民の子供も多く通う。そこで、院内や寮内で身分による差別をなくすため、学院で名乗るのはファーストネームのみ。フルネームは学院長以外は誰も知らない。
だから、オリバーはルークのフルネームも知らなかったし、ルークがどこのどんな家の出なのかも、知る由も無かったのだ。
(お前は俺に、気づいていた……?)
手の中の資料をデスクの上に置き、オリバーは邸から外へと出ると、庭先の木製のベンチに腰を下ろし、月を見上げた。
シリウス伯の敷地内にあるオリバーの邸の庭は、そのままシリウス邸の庭へも繋がっている。
オリバーは、昼間の執務の息抜きの時にも偶に、このベンチに座って息抜きをしていた。
シリウス伯の邸からはちょうど死角になってはいるが、呼び出しがあればすぐさま駆け付けられる距離にあり、ちょうどよい息抜きの場所。
幼い頃に、父からそうコッソリと教えて貰っていた場所だった。まさか大人になった今、そんなコッソリと教えてもらった情報が、こんなにも役に立つとは思ってもいなかった。
日中の、陽の光に照らされた庭は、小さいながらも様々な花が咲き乱れる緑豊かな憩いの場所で、オリバーはとても気に入っていた。
そして、花々も眠りにつき、月明かりに照らされた夜の静かな庭も心を落ち着かせてくれるようで、オリバーは好んでいた。
(いったいいつから気づいていたんだ? まさか、あのクラブで出会った時から、か?)
ジャックとルークレイルが同一人物だと分かった今でも、オリバーには、ピルスナー家の次期当主であるルークレイルとジャックを重ねる事が出来ずにいた。
ただ、シリウス邸を訪れるルークレイルを見るたびについ視線で追ってしまうのは、物腰の柔らかい言葉を紡ぎ出す、形の良い唇。
思い出してしまうのは、その唇からもたらされた、熱と感触。
(一体何をやっているんだ、俺は……)
気づいた時からオリバーは、ルークレイルの出迎えをする事が出来なくなっていた。
なんだかんだと理由をつけては、オリバーはルークレイルの出迎えをカムチャやフラットに任せるようになっていた。
今日もラオホ家にはシリウス伯の用でルークレイルが来訪していたが、オリバーはルークレイルの出迎えをカムチャに任せて自分は奥でフラットと別の仕事をこなしていた。ルークレイルの来訪は夕方だったが、さすがにもう帰っているだろう。
「どっちが本当のお前なんだろうな、ジャック……もとい、ルークレイル」
ため息を吐きながら、オリバーは小さく呟き目を閉じる。
と、返ってくるはずのない答えが、どこからともなく返ってきた。
「どっちも俺だよ」
「なっ……」
「やっと会えた。久しぶりだね、オリバー様」
驚きで見開いたオリバーの目の前。気配すら感じさせずにそこに立っていたのは、ジャックこと、ルークレイル・ピルスナー。
ベージュの三つ揃いのスーツに身を包み、胸ポケットに紫のサングラスを入れている。
いつもの、ルークレイルのスタイルだ。
「そんなつまらないことで悩むくらいだったら、直接俺に聞いてくれれば良かったのに。これでも君の勤め先には、結構しょっちゅう顔を出してるつもりなんだけど」
「別に悩んでなどいない」
「ふ~ん……そう?」
何とはなしに居心地の悪そうなオリバーに気づいているのかいないのか。
ルークレイルはにこやかな笑顔を浮かべながらオリバーを見る。
その顔に、ジャックの面影は微塵も無い。
(本当に、同一人物なのか……?)
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