S.D.R~Sweet Dangerous Relation~
平 遊
第一章 出会い
第1話
「やっと見つけた」
目当てのものを手に入れ、オリバー・スタウトはやれやれと大きく息を吐き出し、羽織っていた黒いギヌーフの首元を緩める。
知らぬ間に探し物に夢中になっていたせいか、短い黒髪が汗で額に張り付いていることに気づき、オリバーはギヌーフから腕を出して前髪をかき上げた。
一見華奢に見える体躯ではあるが、捲り上げた白シャツから見える褐色の腕には、鍛えられた筋肉の筋が見える。
ギヌーフとは、オリバーが住むアクタル辺境地では一般的な上着の総称。形状に多少の違いはあれど、フードの付いたマント状の外套の事だ。
アクタル辺境地では皆、裾に家の印を刻印した黒のギヌーフを羽織っている。
アクタル辺境地は、アズール王国に属している辺境地だ。
今オリバーがいるのは、アズール王国の首都フィアナにある盛り場。
アズール王国は別名【クリスタルの国】とも呼ばれている。
アズール王宮にはふんだんにクリスタルが散りばめられているとの専らの噂ではあったが、王宮に足を踏み入れた事のないオリバーにとってはただの噂でしかない。
それに、王都フィアナは華やかな雰囲気の都ではあったが、今オリバーがいる盛り場と呼ばれるこの場所は至って質素な造りで、王都ならではの豪華さや華やかさは感じられない。代わりに、お世辞にも上品とは言えないが活気には満ち溢れているようにオリバーは感じていた。
その盛り場には、オリバー自身に用があって来た訳ではなかった。
王都フィアナには、アズール王家が直属で管理している繁華街と王家管轄外の盛り場があり、よほどの理由が無い限り、王都の民の多くは繁華街へと繰り出すものだとオリバーは聞いていた。故に、オリバーがこの盛り場へ足を踏み入れるのも、今回が初めてだ。
何故、ここを訪れる必要があったのか。
それは、オリバーが仕える主人、アクタル辺境地の統治者であるシリウス・ラオホ伯の愛娘、マリアンナ・ラオホに買い物を頼まれたからだ。
『お願い、オリバー! 王都にしか売っていない期間限定のピルスナーの香水がどうしても欲しいの! 人気で売り切れ続出みたいだから、繁華街のお店に無かったら盛り場のお店も探してみてね』
ピルスナー社はアズール王家御用達の商社で、王家より国内全ての地での商売を認められている、国内唯一にして最大の商社。
そのピルスナー社が限定で販売している香水が欲しいと、マリアンナがオリバーに泣き付いたのだ。
実はピルスナー社の商品であれば、シリウス伯から直接ピルスナー家の当主であるピルスナー社の社長に頼むことも可能で、入手は簡単。ラオホ家とピルスナー家は旧知の中らしく、ピルスナー家の現当主にしてピルスナー社の社長、キュリオス・ピルスナーが定期的にラオホ家を訪れている事は、シリウス・ラオホ伯のスケジュール管理をしているオリバーも知っていた。
とはいえ、現在19歳というお年頃のマリアンナには、父に知られたくない買い物があるようで、こうして時折オリバーに買い物を頼むのだった。
マリアンナの言う通り、繁華街にあるピルスナー社の直営店を数軒回って見たものの、マリアンナの求める香水は既に売り切れ。そこでオリバーは盛り場にあるピルスナー社の直営店まで足を伸ばし、ようやく目当ての香水を手に入れることができた。
「さて……」
目当てのものを手に入れたらすぐに、オリバーはアクタル辺境地へ戻るつもりでいた。
今日は休日。
家の片付けや、執務がある日にはなかなかできない剣術、体術の鍛錬など、オリバーにはやりたいことがあったのだ。
ただ、オリバーも22歳。たまには息抜きをしたいお年頃でもある。
「少しくらいなら、いいか」
初めて足を踏み入れる盛り場への好奇心に背中を押されるようにして、オリバーは辺りを歩き始めた。
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