73 MVP
かこ、かこ、と下駄が鳴る。
この服装は、江平が一番気に入っている姿である。ジャージよりも作務衣がよい。
落武者の仮装一式は、学校のロッカーに置いてきた。学祭は終わったのでもう持ち帰ってもよいのだが、さすがに今日は疲れてしまった。後日でよいだろう。それでも早めに持ち帰らなければ、ロッカーの容積を圧迫するだろうけれども、今日はもう勘弁してほしい。かわりに、
「お前は私を助けるために尽力してくれたのだ。これ以上の手間をかけさせることはできぬ」
「お前の方が大変だったじゃないか。それに、俺がお前のジャージを使ったって事実は変わらない」
「そーよ、使ったやつに洗わせときゃいーのよ」
「いや、これは絶対に譲れぬ。お前は私の恩人のひとりだ」
「所有者がそこまで言ってんだから、洗うのもまかせとけばぁ」
「どうでもいいが、その小難しい言い回しはなんとかならないか」
「そんなこと言ったってねぇ、これがエビらんの個性でもあるからねぇ。まあ、所有者がいいって言ってんだから、いいんじゃないのぉ」
「さっきからぐちゃぐちゃうるせえぞ
話をひっかき回す約一名を殴り倒した一馬だったが、江平が頭上に差し上げた物を取り戻すのは、物理的に不可能である。こうして江平は、他人が使用した自分のジャージを持ち帰る運びとなったわけであった。江平本人は当たり前のことだと思っているが。
そしてもうひとつ。江平は帰り道で、とある店に寄って、買い物をしてきた。一歩一歩踏み出すたび、下駄の音と呼応するように、片手にぶら下げた白い袋ががさ、がさ、と音を立てる。これはいわば、4人分の買い物であった。3人からはすでに金を受け取っている。
……ようやく、直角に折れた道を曲がる。今日はどうやら、祭りの用意で夜まで騒がしいということはなさそうで、辺りは静かに夜の中に横たわっていた。
もう、異常はないはずだ。いつもと同じように行き帰りしていたが、ここ数日はこの周囲で異常事態が起こっていたのだ。――もう大丈夫のはずである。
江平は駐車場に入った。もう一度取り換えた南京錠を開けて、離れ屋に入る。早く新しい鍵をつけてもらおう。荷物を下ろし、戸棚の奥から小さな皿を取り出すと、白いビニール袋だけを手に残して、再び外へ出た。ガレージの前で立ち止まると、袋をがさごそとさぐる。なーん、と小さく声が上がる。ガレージの後ろから、フクが顔を出して、てこてこと近づいて来た。江平は取り出した缶詰めの蓋を、ぱこ、と開ける。普段は江平家ではご飯をあげていないが、近所の家で出されて、缶詰めを開ける音とその意味を知っているのだろう。開けた瞬間から匂いも広がるのかもしれない。
江平はしゃがみこむと、缶をひっくり返して、皿に中身を乗せた。フクは行儀よく座って、待ち構えている。江平は右手をのばし、フクの頭をなでた。
「そなたに助けられたな。ありがとう」
なーん、とフクは小さく鳴いた。江平はフクから右手を離し、左手の皿を下ろした。
「4人分の礼だ。あの3人からも、そなたによろしくとのことだ」
フクは遠慮なく、もぐもぐやり始めた。守銭奴の江平が、金額に糸目をつけず、店で売っている最高級の猫缶を買って帰ったものである。ご近所でもここまでの高級品は、そうそう食べさせていないだろう。もぐもぐする様子を江平は数秒間眺めていたが、やがてそっと立ち上がった。
「邪魔はせぬ。ゆっくりしていってくれ」
フクは
今日のMVPは、もう江平を振り向くこともせず、報酬に夢中になっていた。
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