44 カプセルを捜せ!

 その朝のホームルームでは、貴重品は職員室に預けること、という申し渡しがあり、余村よむらが用意した大きな袋に、生徒たちが財布やスマホを次々に預けた。麗人れいと黒川くろかわも、知らん顔でスマホを手元に残していた。正直、今日は体育祭どころではない。


 沢木さわきのスマホは見つかった。昨日、沢木本人が、トイレに置き忘れていたのである。その後、昨日のうちに誰かが発見したのだが、届け先が生徒会室だったためか、そこから職員室に回付されるのが遅くなったのだ。余村先生からスマホを受け取って、沢木は心底ほっとした。結局そのまますぐ余村の手元に逆戻りすることになったが。しかし、御厨みくりやも、1組の数人の生徒たちも、財布を取り戻すには至っていなかった。


 だが麗人は、余村先生の話を聞き流し、別のことに頭を使っていた。


 朝一番で2年1組に行ってみたはよかったが、野島のじまはまだ来ていないというにべもない返事が突き出されたのだ。差し当たって、1組の女子とにこやかに談笑しながら、江平えびらが欠席するということを話し、「野島が来たら、4組の木坂きさかってやつが、大至急会いたがってるって、伝えてくれる?」と依頼しておいた。立ち去りかけてふと思い立ち、1組の教室に呼びかけてみた。


「みんなさぁ、カプセル見なかった? バレーボールくらいの大きさで、白っぽいプラスチックの。大事なものなんで捜してるんだけど」


 生徒はまだ全員がそろっていたわけではないのだが、居合わせた生徒たちの反応は非常に鈍かった。期待したわけじゃないけどやっぱりな、と麗人は軽く落胆した。江平には、なるべく他人に明かすなと言われていたが、このくらいなら必要最小限のうちに入るだろう。だが成果はなかった。


 廊下を歩きながら、野島が自分と同じ赤チームだと、麗人は思い出した。体育祭が始まってからの方が接触しやすいかもしれない。


 ホームルームの終了後、各自教室の椅子をグラウンドに持ち出し、チームごとの応援テントの下に配置する。いよいよ全校を挙げて体育祭モードだ。約2名を除いては。


     ◯


「ええ?」

 赤いハチマキをつけた、1組の野島という男子生徒は、太い眉を波打たせて困惑した。

「白っぽくて、プラスチック製で、木魚と同じくらいの大きさだったと思うんだけど。バレーボールくらいの大きさかな。それとも、黄色っぽい風呂敷ふろしきに包んであったかも」

 泡を食った言動にならないようつとめて、麗人は食い下がった。


 体育祭の開会式直前。3学年計18クラスの生徒たちは、4チームに分かれ、グラウンド外周近くに設置された4つの応援用テントの下に、教室からそれぞれの椅子を持ち出して設置しているところだった。周囲はわやわやと騒がしい。体育祭へ気持ちが盛り上がっていく。ことに各チームを仕切る3年生の気合は並々なものではない。


 5秒間ほど、四角い顔の野島は空中をにらんだ末に、

「ああー……あった、あった」

 はいはいと大きく首肯しゅこうした。

「今どこにあるか知らない? すごく大事なもので、捜してるんだけど」

「ええーとなあ」

 再び野島は、空中のどこかで検索画面を見るような目つきになった。


「文化祭の前日のステージリハのときに、体育館で紙バッグをひっくり返して、小道具をいろいろ担当に配ったりして……うんうん。木魚もあったけど、似たような大きさの、なんか白くて丸っこいものがあったんだよ。なんだコレいらねえ、なんか間違って入ってる、江平に返さないといけないんじゃねえかと思って……それで…………あれ? どうしたんだっけ?」

「エビらんはたぶん、受け取ってないと思う」

 麗人は冷静に指摘した。江平がカプセルを受け取っていれば、麗人に捜してくれと依頼してくるはずがない。


 いや……あるいは江平が持っているけれど、あえて麗人に電話してきた可能性も、なくはないのか。時間稼ぎのためとか。ありえるが……。しかし、だとしたら、江平がわざわざ「野島」などと個人名を出すだろうか?


「うん、おれも、江平に渡した覚えはねえな……あれーえ? おれどこ置いたっけ?」

 野島が盛大に首を傾げた。


 彼は「白くて丸っこいものが入ってた」と言った。体育館で風呂敷包みをほどいたのだ。そして、これはいらないと判断し、江平に返そうとまで思った。その先を覚えていないとなると……体育館にあるのだろうか。


「体育館から持ち出した? エビらんはそのとき、体育館にはいなかったのかな?」

「ええとなあ。……ええー? あれえ? どうだっ…………たかなあ?」


「悪いけど、どこに置いたか思い出したら、すぐ教えて」

 打ち切って、麗人はきびすを返した。まずは体育館を捜索の出発点としていいだろう。もちろん、そこから別の誰かが持ち去った可能性もあるが、起点が判明しただけでも収穫だった。学祭のわちゃわちゃと散らかった校内で、どこから手を付ければいいのかわからないという事態を回避できたのは大きかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る