23 神様は宴を好む

 大騒ぎの初日は、予定調和と大小さまざまなイレギュラーとをくぐり抜けて、ひとまず無事に終了した。ただ、どの生徒も、文化祭の本番は明日、外部から人がやって来る日だと思っている。今日はまあ、前哨戦といったところか。


 2年4組では、今日のホストキャバクラに参加した生徒たちが、大急ぎで記念撮影を済ませてしまった。明日は店のシフトに入らない生徒もいるからだ。その後のホームルームには、仮装を解いて制服で参加しなくてはならない。

 彼らの教室は店なので、机や椅子をセッティングしてしまっているため、それらを極力動かさないよう、床に座ってホームルームに出席する。教室企画にもクラスステージにも参加しなかった渡辺わたなべも、ちゃっかり後ろの方に座っていた。昼休みに、70年代のアメリカで若者が着ていたようなイメージのファッションに着替えていたので、文化祭のどこかにいたのだろうが、彼の姿はさっぱり目撃されなかったので、どこで何をしていたのやら不明である。もしかすると、後夜祭の準備とやらに関係あるのだろうか。


 妹尾せのお雅之まさゆき藤岡ふじおか麻衣まいは、会話も視線も合わせなかった。特筆すべき光景ではない。だが麗人れいとの目にはどうにも、ふたりがとても気まずそうに、接触を必要以上に避けようとしているように見えた。昼間の事件を目にしてしまったこともあり、なんとなく事情を察した麗人は、軽く眉を寄せたが、口に出しては何も言わなかった。――あらら、こじれちゃったみたいね。けど、こーゆーのって、うかつに横から口出ししても、うまくいかないこと多いし、かえってややこしくなったりしてね。当人同士で話さないと意味ないもんね。オレにできること、なさそうね。


 一方、2年1組でもホームルームが終わり、江平えびら弓弦ゆづるは昇降口で靴を履き替えた。……今日は麗人と黒川くろかわと出くわすことはなかった。ホームルームのタイミングが違えば、そんなことは日常茶飯事だ。江平は気にもとめず、さっさと帰路についた。そういえば、仮装していた間もあのふたりに会わなかったことを思い出した。かなり自信のある仮装だったのだが、自慢できなかったのは残念だ。まあよかろう、まだ明日がある。それに、明日は一馬かずま綾子あやこが遊びに来るらしいと、麗人から聞いている。


 外はやっぱり暗い。同級生数人と「では」などと声を交わし、歩道を歩いた。空腹だ。ひとりでハンバーガーショップに入っても仕方がなかろうから、帰ることにする。道すがら書店の前を通りかかったので、ふらっと中へ入り、日本史の書籍と「お茶漬け恋模様」なる小説の文庫本を購入する。大通りを外れ、細い道を進むごとに、明かりの数が減っていく。


 ひらけた農耕地が道の片側に広がるところへ出て、おや、と江平は思った。道の先、蕪屋かぶらや神社と滴中てきちゅう寺の前を通るあたりが、いつもよりずっと明るいのが、ここからでも見てとれる。道が途中でほぼ直角に折れ曲がり、田畑を抱え込むような形になっているので、ほとんど遮るものがない状態で見えるのだ。蕪屋神社のお祭りを控え、照明の試運転を行っているらしい。これも例年のことで、遅くまで点灯したままにしておくのだろう。つけっぱなしでも、おそらく誰も迷惑だと言ってこないはずだ。この並びは寺と神社しかなく、その先は行き止まりとあって、どうしても明かりに乏しくなりがちだ。光源が増えるとなると、むしろほっとしさえする。近所の人も、毎年のことで慣れているに違いない。

 となると……。



 近づいていくと、わはははと、老年と壮年の男性が笑い合う声が響いてきた。思った通り、近所の男性ら数人が、父と道端で談笑している。

「弓弦くん、今帰りか、おつかれさん」

「どうも。ただいま」

 ご近所と父に軽くあいさつしてその場を離れ、江平は離れ屋へ戻った。立ち話するにはあまりにも空腹だったのだ。いつものように夕食と入浴のために母屋おもやへ向かった。

 ――あのぶんだと、夜中に照明を消すまで、また一杯飲むやもしれぬな。

 日本といいギリシャといい北欧神話といい、多神教の神々というのは酒飲んで盛り上がるのが好きらしいと、江平は思った。一神教よりも、どことなく人間くさいエピソードが多いように思える。などと、どうでもいい分析をしながら、江平は母屋の玄関を開けた。この夜はフクの姿を見かけなかった。二晩続けての騒々しさに、辟易へきえきしてしまったのかもしれない。


 彼方の市街地の方角から、障害物のない農耕地をわたって、救急車のサイレンが、かすかに届いた。

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