第12話 仁・緊急事態①








 上階で、誰かがバタバタと走り回っている音で目が覚めた。といってもここは地下だから、地上でといった方が適切かもしれない。


「……頭いてぇ……」


 なんだか、誰かに呼ばれたような気がする。仁はぐしゃりと黒髪を掻き上げた。ベッドに寝返りを打ち、今は何時なんだろうと思う。白い部屋には机と椅子、パソコンとベッドがある他は何もない。

 中学で受けた、超能力の適性テスト。その結果表には確かに 念力PK能力者と書かれていた。でも入学した日に受付の窓口に行ったら校舎の裏口に通され、そのまま何の説明もなく車に乗せられ別の施設に連れて来られた。

 四人乗りのでかくて黒いジープの車内には、白い軍服を着た大人達がいた。彼らは仁が 念力PK能力者ではなく、超能力者でも数少ない変異体なのだと言った。


変異体MUの存在は政府の機密事項でね。誰の目に触れるかもわからない紙に、その名前を出すわけにはいかなかったんだ。だから適正結果には 念力PK能力者と表記させてもらった。騙すような真似をして申し訳なかった」


 斎藤とかいう、短く白髪を刈り込んだ体格のいい男はそう言った。

 MUという略語は文字通り、 変異体ミュータントのことらしい。今年は自分しかいない、というか数年に一人しか見つからないそうだ。


変異体MUの能力は、他者の生命力を吸い取るところにある。身近なところで小さな動物が死んでしまったり、植物が枯れてしまう経験はなかったかい? ご家族の方が、原因不明の体調不良だったり……」


 飼っても一週間で死んでしまった金魚。育ててもすぐ枯れる花。いつも疲れたような顔つきでイライラしながら、口論ばかりしていた両親の姿が頭を過った。斎藤は更に言った。


「君の身辺を調べさせてもらったが、八歳のとき警察沙汰になったことがあるね。同級生の女の子が、西見川の河川敷で変質者に遭遇したという事件だ。通報を受けて警察が駆けつけたとき、犯人はすでに死亡していた。そうだね?」


 だんだん、石をいくつも呑み込まされているような気分になってくる。七年前、あの変質者に思わず「死んじまえ」と叫んだ。そうしたら男は白目を剝いて倒れ、動かなくなった。周りの大人達が君のせいじゃないと言っても、ずっと自分が殺したような気がしていた…。

 

「外傷がなかったため、警察は病死として処理をしたようだ。変異体MUの存在は末端の刑事に知らされていないから、当然といえば当然の処理だ。しかし我々は知っている──君がその気になれば、他者の命でも吸い取れる力を持っているということを」

「俺は、処刑されるんですか」


 渇き切った舌で、そう尋ねるのが精一杯だった。人を殺せるバケモノだから、秘密裏に駆除されるのだと。しかし斎藤は「まさか」と笑った。


「君は四百万人に1人の確率でしか産まれない、希少な能力者なんだよ。処刑なんてするはずないだろう。いいかい、ESPやPKと呼ばれる超能力者は、みずからの生命力を放出することで力を行使する。つまり生命力を吸収できる君は、あらゆる超能力を無効化することができるというわけだ。……最近、海外では超能力者を使った軍事行動が目立つようになってきた。MUの存在がどれほど貴重か、君にもわかるだろう」

「ちょっと待ってください」


 仁は思わず、声を荒げた。


「超能力者が、自分の生命力を放出して力を使うだって? そんな話、聞いたことない」

「ああ、それも機密事項の一つだからね。寿命を削っていると知れば、誰も超能力を使おうとしなくなる。それじゃ宝の持ち腐れだ」


 耳を疑った。寿命が減るとわかっていて、超能力を使わせる──それを当然のように話す目の前の軍人は、とてもまっとうな人間には思えなかった。けれど車に同乗している他の大人達も何も言わない。愕然としている仁に、斎藤は「たいしたことじゃない」とさらりと言った。


「これまでにも、自衛隊や消防隊といった危地に飛び込む者達はみずからの命をなげうってきた。医者だってろくに睡眠時間もとれない重労働だ。しかし彼らはなくてはならない存在で、社会はそうやって回っている。とはいえ我々も、無闇に人の命を削っていいとは思っていない」


 斎藤は、車の窓に目を向けた。鬱蒼とした木々の向こうに、白い建物が見える。窓が少ないが三階建ての、何の変哲もない病院のような建物だ。


「君をこれから隔離させてもらう。生命力を吸収する波動を抑えてもらわなければ、危なくて外に出せないからね。訓練は大変だろうけど頑張りなさい。君も周りの人達の生命力を、これ以上奪いたくはないだろう」


 

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