第6話 立ち入り禁止



 休日、星見に教わった白い建物を探しに勇は朝早くに出かけた。海辺の傍を歩くと、ほのかに潮の匂いがする。せっかく島に住んでいるのに、まだ釣りの一つも楽しめてない。仁が見つかったら…と、気持ちを慰めた。

 学校と寮、その傍に大型のショッピングセンターと病院が一つ。そのほかは無人島の時のままといった具合に、ほとんど手入れされている様子はなく、道路を挟めばすぐに雑木林になっていた。

 星見が教えてくれた場所は、どのくらい遠いんだろう。日が暮れるまでに帰ってこれるか――と考えていたのだが、杞憂に終わった。雑木林を少し歩いていた先で『立入禁止』とプレートの掛かったフェンスにぶち当たったからだ。

 フェンスは二メートルほどの高さがある。登れない高さじゃないが『高圧電流注意』と看板がかかっている。例しに枝を拾って投げてみた。すると鉄線に触れた枝がバチッと飛び跳ねるように落ちる。


「……マジか」


 フェンスはどこまで続いているんだろうとしばらく歩いてみたが、延々と続いていて途切れる様子がない。それに、あちこちに監視カメラが設置されている。なんとかフェンスを越えられたとしても、どのみち通報されるというわけだ。


「――…」


 勇は頭を抱えて、草むらにしゃがみこんだ。

 そりゃあ、才覇学園の入学案内が届いた時は、自分が特別な存在のような気がして、少し舞い上がったのは否定しない。高校受験だってしなくていいし、超能力があるというだけで一生安泰、国が面倒を見てくれるのだから。宝くじに当たったような気分だった。

 でもその代償に親友を奪われるなんて、考えてもいなかった。

 仁は、家を出られるなら上等だと言っていたけど、今もそう思っているんだろうか。仁の母親は少し怖い。小学生の時、母の日にお小遣いでカーネーションを買ったことがある。仁が買うのも渡すのも渋ったので「一緒に行くから」と背中を押してついていった。絶対に喜んでくれると思った。勇の母親は喜んでくれたから。

 でも、仁の母親は違った。仁が差し出したカーネーションを見て言った。


「どうせ枯らすくせに。ゴミになるだけじゃない」


 冷たい言葉に、勇はびっくりして泣いた。仁の気持ちをゴミだと言われたような気がした。勇が泣いたらおばさんも驚いた顔をして、言い方が悪かったとか、こんなのはいいから自分達のお菓子でも買ってきなさいとか焦ったように言ってたけど、傷つけられた気持ちはそんなものじゃどうにもならない。

 泣くのは仁であるはずだったのに、仁は泣かなかった。そう言われるのを予測していたのかもしれない。仁は勇にカーネーションを差し出して言った。


「おれ、本当にすぐ枯らしちゃうから。勇にあげる」

「切り花なんだから、すぐ枯れるのが普通だよ……」

「うん。でも、花もおれんちにいるより、勇んちにいるほうが嬉しいと思うよ」


 カーネーションを贈ろうなんて計画しなきゃよかったと、勇は心底後悔した。勇にできたことといえば、仁のお母さんの代わりに喜んで、お礼を言うことくらいだった。


「じゃあ、部屋に飾って大事にする。仁と同じくらい大事にする」


 仁は「なんだそれ」と言って笑った。あのカーネーションは、今も勇の部屋にある。枯れてもドライフラワーにして大事にしている。

 あいつは優しい奴なのに、気づくといつも独りでいる。今も、独りでいるんだろうか。


「……精神感応ESP能力か……」


 人混みでも、勇の居場所がわかる。仁はそう言った。勇は心の中で強く、仁を呼んでみた。仁、仁。どこにいる。

 僕がESP能力者なら、きっと聞こえるはず。

 どれくらいそうしていただろう。バサバサッと鳥が羽ばたく音が聞こえて、勇は顔を上げた。カラスだった。いくら耳を澄ませようとも、仁からの応答はなかったし、どこにいるかなんてわからなかった。


「……なんだよ、もう」


 どうして僕はいつもいつも、何もできないんだろう。

 勇は悔しさを噛みしめて、蹲ったままぐしゃりと髪を掻き乱した。




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