【4話4場】

 ハヤトとオリガは、迷宮街で、白鼠を試すことにした。


 仮想現実の代金はケチっている。深層表通りの外れにある空き地を利用した。


 空き地は、予備として用意されている。土の地面は平らで何もない。


 野次馬として、ロボットギャングとルシアが見にきている。


 親分は言った。


「白鼠をペットにするのな。羨ましい」


「魔法生物のペットだ。何かカッコいいよな」


「カッコよすぎないのが、また乙ね」


 ルシアもニヤニヤしている。ファンタジー世界のテイムは、錬金術に通じるところがある。童心をくすぐるのだ。鼠ならむしろダサくもない。多分そうだ。


 オリガは、肩に白鼠を乗せている。


「この子は、けっこう育ちがよいわ」


「分かるのか。そいつは言語を習得してない」


「振る舞いに、マナーがあるの」


「へー。俺よりお利口さんかも!」


 人間達はゲラゲラと笑った。ここにいる人間は、育ちが悪い奴ばかりだ。


 白鼠は「チューチュー」と鳴いていた。つぶらな瞳をした鼠は、礼儀正しくお座りしている。賢い鼠だ。シルクハットが似合いそうな佇まいをしている。


 白鼠は、愛らしい顔つきでオリガに向けて鳴いていた。


「そうね。そろそろ貴方の力を見せてちょうだい」


 白鼠は跳躍した。鼠は鮮やかなに着地している。鼠は発火した。


 わあ、と歓声が飛ぶ。


 白鼠は一礼した。それを見た全員は驚いている。白鼠は話せないだけで知的生命体に近しいのだ。白鼠は小さな両手両足を広げて、鳴いた。増殖を披露してゆく。


 その白鼠達は、ミュージカルを始めた。


 白鼠は、炎の輪を軽やかにくぐり抜ける。炎の馬に乗って、白鼠は駆け巡った。白鼠達の芸には躍動感と熱量を宿している。人間達は、白鼠の芸に引き込まれる。白鼠達が華やかに踊っている。鼠達は「チューチュー」と歌いながら芸を披露していた。炎で髪型を作る白鼠のロックスターは可愛らしく熱唱している。火の芸を中心に、起承転結をつけていた。鼠達は、統率のとれたミュージカルを演じきる。


 白鼠達は、同時に歌うのを辞めて残心した。人間達は1拍おいて歓声を轟かせた。


 ロボットギャングは、飼い主を置いてきぼりにして、白鼠を担ぎあげた。白鼠は空き地のヒーローになっている。後ろでは、遠目に見ていた市民も手を叩いて喜んでいた。


 ハヤトは言った。


「あいつ俺よりも器用な生き方してやがる」


「これ興行ができるかもね」


「あの芸は、どこで覚えたのだろ」


「どこかで情報をインプットしたのよ」


 飼い主2人は、感慨にふける。ペットは大勢から喝采を浴びている。


 白鼠は、バトルよりもカルチャーを弁えていた。賢い鼠だ。迷宮街ではプログラムが1体で歩いているのも不審ではない。白鼠だけでも暮らせそうだ。


 すると、道路から1人のメディアが声をかけてきた。


「鼠さんの飼い主ですか! 是非、うちでデビューさせて下さい!」


 メディアは東洋系の女性だ。彼女はスーツを着ている。彼女は手を振りながら空き地に入ってきた。彼女は活発な目鼻をしている。彼女は短髪でたれ目をしていた。


 メディアは名刺をとりだした。メガコーポの勃興で、名刺は世界中に普及している。評判は悪い。名刺には「猫娘」と、中国系のハンドルネームが書いてある。中国の電脳メディアだそうだ。迷宮街には電脳に精通したSランク中国人へ取材にきていた。この前の乱闘に参戦してきた3兄弟の先生だそうだ。彼女は白鼠にいたく関心がある。


 猫娘は、白鼠をデビューさせようと、まくしたてた。ハヤトは遠慮気味に言った。


「いやー。その話は早すぎる。ちょっと理解が追いつかない」


「商売はスピードが肝心だ。即決しちゃいなさい!」


 話を聞きつけて、ロボットギャングの親分も話に参加した。


「俺も賛成だ。ケツモチはうちがやる。是非やらせてくれ」


「ロボギャンさん! 勢いのある貴方達なら背中は万全だ! もう決まり!」


「家内と相談させてくれ。白鼠は彼女へのプレゼントだ」


 猫娘は「はい!」と快活に返事した。彼女は、体育会系の価値観をしている。


 ハヤトとオリガは、1団から離れて小声で話し合いをした。オリガは乗り気でいる。オリガは、ハヤトへの借りを返す機会だと考えていた。オリガは、前の失態を挽回したいのだ。オリガは、ハヤトの労力は最低限にすると言っている。


「家計に余裕ができるわ」


「でも揉めごとが起きるかもしれない」


「ギャングの親分がケツモチするから彼の仕事よ」


「親分の手をわずらわすのはよくない」


「持ちつ持たれつよ。貴方はちょっと神経質ね」


 ハヤトは閉口した。オリガは正論を言っている。オリガは決定した。


 オリガは率先して1団に戻る。ハヤトも遅れてあとに続いた。


「それでデビューは……?」


「是非デビューさせてちょうだい」


「キャー! ありがたい!」


「でも揉めごとについて猫娘さんは大丈夫?」


「あ。実家が拳法家なので、警備は大勢だ」


「貴方も拳法を?」


「いいえ。親の意向で、勉学だけに努めて育ちました」


 オリガと猫娘は、仲良くなってゆく。猫娘の懐に入り込む動きには潔さがある。ハヤトは快活に話をしてくる彼女を不快には思えない。それはオリガも同じだ。


 猫娘の清い態度は、好印象を与えてくる。彼女は世間話も織り交ぜてゆく。次第に、オリガと猫娘は友達関係に近しい状態となる。ハヤトは、彼女の話術に感心した。


「仮想現実だけで活動するの?」


「あー。物理現実でも会わないといけませんね」


「実は日本の前船市に住んでいるの。あ、旦那はサムライでね」


「え! 旦那さんはサムライ?! カッコいいー!」


 オリガは脇が甘い。次第に、色々と話してしまった。オリガも、自分が人工意識であることだけは話していない。オリガも、賢く話題を誘導している。オリガは物理現実の肉体がない。前船市の隔離を理由に、物理現実での接触は避けていた。


「だから迷宮街で話を進めないと」


「あー。隔離都市にお住まいではねー」


 ハヤトは、話に置いていかれ始めた。別に構わない。白鼠は、オリガにプレゼントした。飼い主はオリガだ。オリガが決めたいならハヤトは口だしをしない。


 どうやら話は順調なようだ。デビューには時間もかからない。


 後日、白鼠のデビュー動画は100万回の再生を記録した。

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