第30話:「心を覗く瞳、魂を癒す言葉 ―― 二人の天才セラピストの再会」
東京の中心地にある閑静な通りに面したカフェで、二人の若い女性が向かい合って座っていた。
一人は蒼井凛、触れるだけで他人の心に入り込める特殊な能力を持つ精神科医(※この能力を知っているのは美園紫苑だけだ)。
もう一人は遠野蛍、鋭い洞察力と共感力で知られる心理学者だ。
二人は大学時代からの親友で、互いの才能を認め合い、尊敬し合う仲だった。しかし、凛の特殊能力のことは、蛍も含めて誰も知らない。それは凛が誰にも明かすことのできない秘密だった。
柔らかな陽光が差し込む静かなカフェで、凛と蛍が久しぶりの再会を果たしていた。二人の表情には懐かしさと温かさが滲んでいる。凛はコーヒーカップを両手で包み込むように持ち、その温もりを感じながら、蛍の顔をじっと見つめていた。
蛍は微笑みながら、凛の様子を観察していた。彼女の鋭い洞察力は、友人の表情や仕草から、言葉以上のものを読み取ろうとしていた。
「久しぶりね、凛。相変わらず……人の心を読むのが上手そう瞳をしている」
蛍の言葉に、凛は少し驚いたような表情を浮かべた。
彼女の特殊な能力のことを、蛍が知っているはずがないのに、まるで見透かされたような気がしたのだ。
「なんのことかしら、蛍、でもあなたも元気そうで何よりだわ」
凛は言葉を選びながら答えた。彼女の心の中では、自分の秘密を隠し通せるかという不安と、親友と再会できた喜びが入り混じっていた。
蛍は凛の反応を見逃さなかった。彼女は心理学者として、人間の微細な反応を読み取ることに長けていた。しかし、今は友人との再会を楽しむときだと自分に言い聞かせ、追及するのを控えた。
「それで、最近はどう? 仕事は順調?」
蛍の質問に、凛は少しホッとした表情を浮かべた。話題が変わったことで、緊張が和らいだのだ。
「ええ、まあね。患者さんたちの心の奥底にある問題を理解するのに苦労することもあるけど、やりがいはあるわ」
凛は言葉を選びながら答えた。彼女の能力のことは言えないが、できるだけ正直に答えようと努めた。
「そう、良かった。私も最近、異常犯罪心理学の講義を担当してるの。人間の心って、本当に奥が深いわね」
蛍の目が輝いた。彼女の研究への情熱が、その言葉から伝わってくる。
凛は蛍の熱意に触発され、自分の経験を少しずつ話し始めた。もちろん、能力のことは伏せたまま。
「そうね。私も最近、自分の存在価値を見出せない患者さんを担当したの。その人の心の中は、霧に包まれた無人の街のようだったわ」
凛は思わず、心の中で見た光景を口にしてしまった。
すぐに自分の失言に気づき、慌てて言い繕おうとする。
「あ、その、もちろん、比喩的な意味でね」
蛍は凛の言葉に興味を示した。
彼女の直感が、何か重要なことを見逃していないと告げていた。
「面白い表現ね。患者さんの心の状態を、そんな風に想像するのね」
蛍の言葉に、凛は内心ホッとした。能力のことを疑われずに済んだと思ったのだ。しかし、同時に友人に嘘をついているような後ろめたさも感じていた。
「ええ、そうね。イメージを持つことで、患者さんの気持ちをより深く理解できると思うの」
凛は自分の言葉に説得力を持たせようと努めた。
蛍は凛の言葉を聞きながら、彼女の表情や仕草を注意深く観察していた。何か隠していることは明らかだったが、それが何なのかはまだ分からない。しかし、蛍は友人を追い詰めるようなことはしたくなかった。
「そうね、イメージは大切よ。私も講義で学生たちにそう教えているわ」
蛍は話題を自分の仕事に転じた。凛への気遣いと、自分の好奇心のバランスを取ろうとしていたのだ。
凛は蛍の気遣いに感謝しつつ、話に耳を傾けた。二人は互いの仕事や研究について語り合い、時間が経つのも忘れるほど話に夢中になった。
コーヒーを半分ほど飲み終えた頃、会話の流れは自然と私生活の方へと向かっていった。凛は、親友との久しぶりの女子会的な雰囲気に、心が少しずつほぐれていくのを感じていた。
「ねえ蛍、最近恋愛の方はどう? 素敵な人、見つかった?」
凛は少し茶目っ気のある表情で尋ねた。蛍の頬がわずかに赤くなるのを見て、凛は内心でほくそ笑んだ。
「まあ、凛ったら…… 実はね、最近気になる人がいるの」
蛍は少し恥ずかしそうに答えた。普段の冷静沈着な態度からは想像できないような、乙女チックな表情を浮かべている。
「へえ! それは楽しみね。どんな人なの?」
凛は目を輝かせながら、前のめりになって聞いた。親友の恋愛話に、自分のことのように胸が高鳴る。
「大学の同僚の先生なんだけど、とても優しくて、しかも頭脳明晰で……」
蛍が語る理想の男性像を聞きながら、凛は自分の恋愛経験を思い返していた。触れただけで相手の心が読めてしまう能力は、時として恋愛の障害にもなっていたのだ。
「いいわねぇ。私も素敵な人に出会いたいわ」
凛は少し寂しげに呟いた。蛍はそんな凛の様子を見逃さなかった。
「凛だって、きっといい人に巡り会えるわよ。そのうち運命の人が現れるわ」
蛍の優しい言葉に、凛は心が温かくなるのを感じた。親友の存在が、どれほど自分を支えてくれているか、改めて実感する。
「ありがとう、蛍。あなたの言葉を聞くと、元気が出るわ」
二人は笑顔で視線を交わし、再びコーヒーを口に運んだ。女子会ならではの話題に花を咲かせながら、時間が過ぎていくのを忘れるほど、楽しいひとときを過ごしていた。
カフェの窓から差し込む陽光が傾き始めたころ、凛は時計を見てハッとした。
「あ、こんな時間になっちゃった。そろそろ行かないと」
蛍も我に返ったように立ち上がった。
「本当ね。また近いうちに会いましょう」
二人は互いに微笑みかけ、別れの挨拶を交わした。カフェを出る際、凛は蛍の背中を見送りながら、複雑な思いに駆られた。親友との再会を心から楽しんだ一方で、自分の秘密を打ち明けられない歯がゆさも感じていた。
蛍も同様だった。凛との再会を心から喜びつつ、彼女が何か大きな秘密を抱えていることを直感していた。しかし、それを追及することは友情を危うくする可能性があると判断し、凛が自分から話してくれる日を待つことにした。
二人はそれぞれの道を歩みながら、次に会う日を心待ちにしていた。そして、いつかお互いの心の内を全て打ち明けられる日が来ることを、密かに願っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます