クモリ亭~異世界の味をお届けします~

赤獅子

第1話

 ある街外れに、奇妙な料理店がひっそりと佇んでいる。その名を「クモリ亭」。入り口には『異世界の味をお届けします』とだけ書かれた看板があるが、店の内情を知る者はほとんどいない。

 カズオはクモリ亭の前に立ち今まさにこの店に入ろうとしていた。カズオはこの店のことをSNSで知った。投稿された書き込みによれば、この店では誰も聞いたことのない料理が提供され、未知の食材が扱われているという。そこにカズオは魅力を感じた。カズオは自身のブログやWouCubeチャンネル(動画投稿際サイト)で料理店からコンビニ商品までの品をレビューしていた。彼は辛口コメントをすることで有名で気に食わないと思った商品は徹底的に批判する悪癖があった。そんな彼の歯に衣着せないコメントのせいで料理店が廃業となったことも多々あった。また、WouCubeチャンネルのコラボでは彼は自分の知識を誇示することもあり、知ったかぶりもよくした。特に食の話題では、誰よりも詳しいと自負しているためコラボ相手に気を使う事も無く一方的に自分の言いたいことを話しそれなりの低評価をくらったこともある。そんなカズオの世間での評価は料理に対して真摯にレビューをしてくれるがそれ以外のことに関心が無い人物というものだった。

 カズオは扉を押し開けた。彼はクモリ亭が胡散臭いと感じながらも、その噂に興味を引かれ未知の料理を誰よりも早く体験したいと思っていた。

「いらっしゃいませ」

 奥から静かに出てきた店主はどこか異様な雰囲気を纏った中年男性。小さな目でカズオをじっと見つめる。

 耳に残る奇妙な音楽がどこからともなく流れていて厳かな洋館を感じさせる店内にはメニューなどは無い。カズオが「本日の料理は?」と聞くと店主の口角がわずかに上がった。

「今日は特別メニューとなります。『ズゴゴルの舌のコンフィ』に、『ネビュラ草のキャラメリゼ』、『サムブロンの骨髄ジュレ』がございます」

 聞いたこともない名前ばかり。だが、カズオは決して知らないとは言わない。

「ああ、なるほど。やっぱりこの店は特別だね。それじゃあ、その『ズゴゴルの舌』をいただこうかな」

 彼は平然と注文を告げた。

「かしこまりました」


 数分後、店主はカズオの前に奇妙な見た目の料理を運んできた。銀色に輝く舌の形をした肉片が皿の上に鎮座している。周りには虹色のソースがかけられ、その匂いは鼻をつくような酸味と甘味が混ざっていた。

「こちらの料理の食べ方ですが――」

 店主が聞くとカズオはそれを遮り「ああ、大丈夫」とその説明を止めさせた。

「これは失礼致しました」

 店主は頭を下げるがその顔には不気味な笑みが張り付いていた。

「ところでこれをブログやWouCubeで紹介しても構わないか?」

 カズオは店主に尋ねると「構いません。あなたの率直な感想を是非お聞かせ下さい」と答えた。

 カズオは投稿用の撮影を終えてまじまじと料理を目の前にした。その異様さに一瞬ためらったが、引き返すわけにはいかない。ナイフとフォークを手に取りどこから食べようかと迷っていると、店主が傍らでじっとこちらを見ている。その目がカズオの作法に注目しているようで焦りを感じさせた。料理の舌先を切り取ると中からはドロッとしたゲル状のものが吹き出した。

「っっ!」

 それに驚き声をあげそうになるが冷静さを装った。切り取ったそれに虹のソースをつけ口へと近づける。独特の匂いを間近で嗅ぐと顔をしかめたくなるが店主の手前それを我慢した。嫌悪感を払拭できないままフォークを置きたくなるが、未知の料理を目の前にして逃げ出しすことは恥だと心の中で自分を鼓舞した。

「これは……とても深い味わいだね」

 カズオは一口食べて、ついそう言った。だが実際のところ、口の中で何が起きているのか全くわからない。素材の風味も、食感も、全てが今まで体験したことのないものだった。

「この味が分かってくれて何よりです」

 そう店主は静かに微笑むが、その目には何か不気味な光が宿っていた。

 店主の言葉にカズオははっとした。彼はその未知の味に評価の仕方もわからず初めて自分が気の利いたコメントをしたと気づいた。

 カズオはそれに悔しさを覚えてフォークを握る。銀色の舌を串刺しにするとソースをたっぷりとつけた。

「はぐっはふっ」

 勢いよく食事を進めると未知の味が口いっぱいに広がり体が震え、体が拒否反応を起こした。すると店の中が急に暗くなった。カズオは慌てて食事を中断して辺りを見回すと視界がぐらつき体が急に重くなる。ポトリとフォークを落とし彼は椅子に沈み込み、視界の端で何かが揺らめくのを見た。

 店主が静かに何かを呟いていた。

 カズオは、これが単なる食事ではなく、何か得体の知れない料理であることに気が付く。だが、遅かった。「異世界の味をご堪能頂けましたか?」さっき店主はそう言ったように思えた。目の前の料理は単なる食材ではなく、本当に異世界から来た食材そのものだったのではないか。カズオは徐々に意識を失い異世界の闇へと引き込まれていった。

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クモリ亭~異世界の味をお届けします~ 赤獅子 @akazishihakuto

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