第26話 恋敵

「それでさ、波留。結斗のやつ、私のお洒落な化粧姿見て鼻の下伸ばしてたんだぜ」

「別に、そんなことないだろうが。また調子の良いこと言って……」

「はあ?私のこと、凄く綺麗って言ったじゃねーか」

「ま……まあ」

「絶世の美女だ、愛してる、って言ったじゃねーか」

「そこまで言ってないわ!」


 陽菜が買ってきたスナック菓子を机に広げて、ジュースを飲みながら俺たちは談笑している。


「なあ、見てよ波留。この写真」


 陽菜が自身のスマホ画面を波留に見せつけている。

 俺も覗き込むと画面に映っていたのは、いつか勝手に撮られた俺の寝顔の写真だった。


「ひ、陽菜……これって……も、もしかして」

「そうだよ。私と結斗が一夜を共にした時に撮ったんだ~」

「ち、違うぞ、波留!それは陽菜の部屋のエアコンが壊れて、仕方なく同じベッドで寝ただけで」

「そ、そっか……でも同じベッドで寝ていたんだ……ね」

「それは……そうだけど」


 なぜか、波留は暗い表情になり場の空気が少し重くなる。


「おい……結斗」

「な、なんだよ?」

「なんで、馴れ馴れしく波留のこと名前で呼んでるんだよ!?」

「え!?いや、俺と波留も……気心の知れた友人になれたし。他人行儀の呼び方は……辞めようかという事になって、だな」


 陽菜は俺の話を機嫌が悪そうに聞いていて、その眼光は鋭い。


「そ、そうだよ、陽菜。別に名前で呼ばれてるからって、私と笠井君の間に深い意味はないよ」


 あれ……波留。俺のこと、苗字呼びになってる?


「まあ……波留がそういうなら、そうなのか」


 口では納得しているようなことを言っているが、明らかに不機嫌でペットボトルのジュースを一気に飲み干している。

 陽菜にとって波留が大切な友人なのは知っているが、俺と仲良くすることがこんなにも気に入らないとは……。


「おい……結斗。私のジュースが無くなった。コンビニで買ってこい」

「別にジュースを飲まなくても、波留が冷たいお茶を用意してくれているだろう?」

「私はジュースが飲みたいんだ!早く買ってこい!」

「わ、わかったから。大きな声を出すなよ」


 これは、もう八つ当たりだな。猛暑日の暑い中、俺を外に行かせて……。

 ここまでくると本当にジュースが飲みたいのかも懐疑的だ。


「波留は何か欲しいものある?」

「大丈夫だよ。ありがとう。暑いから気をつけてね」


 優しい表情の波留に見送られて、不機嫌な陽菜を尻目に俺はコンビニへと向かった。


 ▽▼▽▼


「陽菜。いくらなんでも笠井君に強く当たりすぎじゃない?」

「ふん!いいんだよ!結斗のやつ……波留のこと気安く名前で呼んじゃってさ!」


 そうだよ。結斗が悪いんだ……波留と友達になったからって距離詰めようとして。


「結斗のやつ、ぼっちだろ?だから他人との遠近感が、よくわかってねぇんだよな」

「そんなふうに言わなくても……笠井君は人との距離を計るのが上手だと思うよ。優しいし」

「うっ……と、とにかく波留!嫌だったらすぐに言えよ。私が結斗にビシッと言ってやるからさ!」

「別に嫌なんかじゃないよ……」


 でも、なんで急に名前呼びに?

 いくら最近友達になったからって……。

 もしかして結斗、波留に気があるんじゃ……?

 そう思うと、私の中で不安と焦りが自然と湧いてくる。


「気をつけろよ波留。結斗のやつ、ああ見えて結構スケベだしな」

「そ、そんなことは……ないと思うけど……」

「そうなんだって!結構前も私のパンツ脱がせようとしてきたし」

「それは……陽菜が……笠井君のパンツを履いていた……とき、で」

「そうだとしても、やっぱりスケベだよ。結斗と二人になったら何されるかわからないぞ。第一、結斗は─────」


「彼のこと悪く言わないで!」


 波留の大きな声が部屋中に響き渡った。

 それを聞いた私は驚いて、今何が起こったのか頭の整理が追い付かなかった。

 波留がこんなに大きな声を上げたのを初めて聞いた。


「笠井君のこと悪く言わないで……本当に嫌な気持ちになっているのは陽菜の方でしょ?私と笠井君が仲良くしてるのを見て」

「え?べ、別に私は……そんな」


 図星だった。

 距離が近づいたように見えた二人を見て、結斗のことを悪く言ってしまった。

 私の悪い癖だ。


「陽菜は結斗君のこと、本当はそんなふうに思ってないでしょ?もっと素直にならないと」

「う、うん。ごめん……え?は、波留。今、結斗君って……言った?」

「うん……言ったよ」

「え?……なんで、名前で……呼んで……」

「私から、名前で呼び合おうって言ったんだ」

「あ……あー!そうだよな!今時、他人行儀の呼び方なんて……な」


 この時、私はなぜか一抹の不安を感じた。


「この前ね……私、中学の時のいじめっ子に出くわしたじゃない?」

「う……うん。結斗に……助けてもらったって……確か……言って」

「その時の結斗君。凄くカッコよかったんだ」


 波留………………?


「陽菜の言った通りだった。結斗君、堂々としてて自信に満ち溢れてて……カッコよかった」


 なにを……………?


「陽菜、写真撮ってくれたよね?高校の入学式の日」

「……あ、……うん。正門の前で……」

「その写真を結斗君が見てね。髪が短い私のこと可愛いって言ってくれたんだ」


 なにを言ってるんだよ……?


「それで、思い切って髪の毛短くしたんだ」


「そ、そんな………波留……その冗談は、笑えない……ぞ」

「冗談じゃないよ。私、真剣だよ」


 波留は真っすぐ、嘘偽りの無い眼差しで私のことを見つめてくる。


「さっき陽菜に言ったよね。素直にならないとって。私も素直になってるだけだよ」


 私は緊張して……いや、この状況に喪心して目を合わせられない。


「私……私ね。結斗君のことが……」


 聞きたくない…………聞きたくない!



「結斗君のことが、好きなんだ」



 波留の口から聞こえてきた言葉。

 さっきまでの発言から容易に予想できた言葉。

 絶対に聞きたくなかった言葉。


「なにを……」


 体が小刻みに震えた。

 その言葉を聞いた時、私の中で込み上げてきた感情は『怒り』以外の何物でもなかった。


「なにを言ってるんだよ!波留!私が結斗のこと大好きなの知ってるだろうが!」


 私は立ち上がり、怒りの矛先を波留に向けた。


「うん、知ってる。そのことに関しては、ごめん」

「なにが、ごめんだよ!ふざけんなよ!私の知らないところで勝手に距離詰めて!」

「確かに陽菜と同じ人を好きになって悪いと思ったよ。でも、好きになっちゃったら仕方ないし。その後、どうするかは私の勝手だよ」

「なにが!なにが勝手だよ!ふざけんなよ……ふざけんな……」


 私の目からは、涙が流れた。

 これまで好意を持って結斗に近づいたのは、私と波留だけじゃない。

 北野と、そして恐らく東出も同じだ。

 そんなあいつらを見ても、ここまで取り乱すことは無かった。


「陽菜…………」


 わかってる。相手が波留だったから……こんなにも苦しいんだ。


「私は……」


 それでも……誰が相手でも。


「私は絶対に負けない!他に奴にも波留にも!」


 結斗だけは、渡すわけにはいかない。


 波留は少し俯いて、私もそれ以上は何も言わず……ただ沈黙の時間だけが、過ぎていった。

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