第4話 日常
「うひょー!もっと飛ばせ!」
「お、おい!危ないから動くな!」
自転車の二人乗りで下り坂を駆け抜ける。
学校帰りは下り道が多く後ろに陽菜を乗せていても、かなり早く自宅に辿り着いた。
勿論、安全運転で。
「はぁー、ほら着いたぞ。降りろ」
「えー!もう終わりかよ。もうちょっとだけ走ろうぜ」
「いや、ドライブじゃないんだぞ!」
渋々荷台から降りた陽菜を尻目に、俺は自宅の駐車場の隅に自転車を止める。
「おーい!結斗!こっち来い!」
突然聞こえた陽菜の大きな声がする方へ目を遣ると、数メートル先の自販機の前に彼女はいた。
「大声で名前を叫ぶなよ。恥ずかしい」
「は?なにガキみたいなこと言ってんの?」
「どっちがガキだよ」
彼女の前まで赴くと、目の前にあるのは少し珍しい格安自販機。
「見てこれ!ジュースとか、めっちゃ安くない!?」
この自販機は確かに他より安く、地元の小中学生が利用するのをよく目にする。
「まあ、自販機にしてはな。スーパーより単価が高いことには変わりない」
「また細かいこと言いやがって。これだから、ぼっちなんだよ」
「俺が、ぼっちなのは関係ないだろう!」
素のこいつは、すぐに皮肉交じりな事を言う。
「まあ、いいや。今日バス代浮いたから奢ってやるよ」
「え、いいのか?」
「ああ。私は、これっと」
陽菜は自販機に素早くお金を入れて、迷わずボタンを押した。
「げっ!陽菜。それ、おしるこ?」
「そう、これこれ!昔から好きなんだよな!」
「最近少し暑くなってきたのに、よくそんなホットな物飲めるな」
「いいだろう!好きなんだから!それで、結斗は何するの?」
「そうだな。俺はやっぱり冷たいコー」
「はい、これな」
「おい!なに押してんだ!?」
俺に注文を聞いておきながら、勝手にボタンを押す暴挙に出る始末である。
「はい!感謝しながら飲めよ!」
「うっ、温かいコーンポタージュ……」
「好きだろう?」
「いや、昔は好きだったけど……ってなんで知ってるんだ?」
「え?なんとなくそうかなって……あ、違うわ。孝之さんに聞いた」
「どっちだよ。まあ、久しぶりに飲むか。ありがたく頂くよ」
缶のステイオンタブ(蓋)を開けると、優しいコーンスープの香りが鼻孔をくすぐる。
「よっしゃー!乾杯!」
「え?ああ」
俺の持つ缶に彼女は自分の缶を強くぶち当ててくる。
「そんなに強くぶつけるなよ。こぼれるだろ……っていうか何の乾杯なんだ?」
「え?うーん。これからの良好な関係に……とかだな」
「良好、ね。今の状態じゃ先が思いやられるな」
「そう悲観的にならずに頑張れ」
「頑張らないといけないのは、お前だろう?」
「お前っていうな!ボケが!」
俺たちは誰もいない自販機の前で缶飲料を飲みながら、いつもの口論を繰り広げていた。
▼▽▼▽
自宅に戻り、一息つく前にベランダに干されていた洗濯物を取り込む。
「陽菜、ちょっと手伝ってくれ」
「はあ?結斗が全部やればいい話じゃん」
「我が家のルール忘れたか?それとも忘れたのはタバコを吸ってたことか?」
「わかったよ!チクられたくなかったら、やれってことだろ?駆け引き上手くなりやがって」
露骨に不機嫌になりながらも俺が取り込んだ洗濯物を意外にも丁寧に畳んでいく。
「な、なあ陽菜。後は任せていいか?」
「なにが?さっさと全部取り込めよ」
「い、いや。あと残ってるの夕子さんと陽菜の下着だし」
「はあ?仮にも、もう家族だろうが。母親と妹の下着見て興奮すんな」
「こ、興奮してるわけじゃない!少し気恥ずかしさがあるってことだ!」
「私らは、全然気にしないから早く取り込めって。そんなのただの布か何かだと思えばいいんだよ」
俺は陽菜の話を真面目に捉えて、目の前に干されている下着を布だと思い込ませるように観察したが……。
「い、いや。しかしな……そんな単純な話では……」
「あー!かったるい!手本を見せてやる!」
「お!代わりに取り込んでくれるか?」
陽菜の言葉に反応して彼女の方を振り返ったが、目の前の光景に唖然とした。
「ハハッ、どうだ!これぐらいできたら結斗も一人前だな!」
さっき取り込んでいた俺のパンツを頭から被り仁王立ちしている彼女の姿に、開いた口が塞がらない。
「な、なにやってんだ?」
「ん?臆病なお前さんに勇気ある行動の手本を見せてやってるんだ!」
「ふ、ふざけるな!なにが勇気だ!?俺のパンツを返せ!」
俺は陽菜からパンツを奪還しようとするも、なぜか激しく抵抗してくる。
「こら、暴れるな!俺のパンツを被るな!返せ!」
「や、やめろ!このパンツマスクを剥がされたら私の正体が白日の下に晒される!」
「お前の正体は、不良娘の変態だ!」
やっとの思いでパンツを取り返し心身共に疲れ切った俺に対して、陽菜は何事もなかったように平然としている。
「あ~あ。ちょっと、揶揄っただけなのに本気になっちゃってさ」
俺は、この時ばかりはどうにかして一矢報いたい気持ちが抑えきれなかった。
「……おい」
「なんだよ。まだ怒ってんのか?」
「……陽菜、顔赤いぞ」
「……へ……え!?」
俺の言葉に明らかに動揺して両手で顔を隠す素振りをみせているが、見る見るうちに陽菜の顔が本当に赤くほてっていく。
「お前、本当は恥ずかしいのを痩せ我慢してたな?」
「う、うっさい!鎌をかけやがったな!」
「顔色伺われたくなくて被ったパンツも中々返さなかったのか?そういうことか!」
陽菜から一本取れた気がして、無性に笑いが込みあげてくる。
「わ、笑うな!食らえ!」
「い、痛い痛い!やめろ!」
陽菜の渾身の蹴りが俺のお尻に命中する。
「く、来るな!」
「こら!逃げんな!」
ここから陽菜の機嫌が収まるまで、襲撃してくる彼女から逃げ続ける時間が続いた。
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