第2話 本性

 いつもの明るい西条さんの表情は影を潜めていて、今の彼女の表情はぶっきらぼうのそれだった。


「さっ、二人とも上がって。もう、我が家なんだから」


 父さんは相変わらずテンションが高いが、俺はそれどころではなかった。

 西条さんが俺の妹に?

 もう、ツッコミどころは満載である。


「あの、孝之たかゆきさん」


 俺も言い忘れていたが、父さんの名前は笠井孝之かさいたかゆきである。


「夕食作らせていただくんだけど、良かったらこれから食材買いに行かない?お片付けを先にしていると食事の時間遅くなるし」

「いいね!ぜひ、行こう!じゃあ結斗、陽菜ちゃんの荷物の片付け手伝ってあげてな。父さんたちはデート……いやいや、買い物へ行ってくるから!」


 そう言い残して二人は、そそくさと車に乗って何処かへ走り去ってしまった。


「はは、行っちゃったね」

「…………」


 空気が重い。

 西条さん、さっきから黙ってるし全然学校と雰囲気が違う。

 親の急な再婚だし、他人の家に連れてこられて居心地が良くないのだろうか?


「私の部屋、どこ?」

「……え?あの」

「部屋!どこ!?」


 急な彼女の怒鳴るような声に驚きを隠せなかった。


「聞いてんのか!?」

「あ、はい!こっち、こっちです」


 数日前に綺麗に掃除した空き部屋に西条さんを案内する。


「掃除はしてあるから。まだ、勉強机とベッドぐらいしかないけど」

「まあ、そこそこ広いし悪くはない」

「あ、あの西条さん……その」

「陽菜……」

「え?あ、いや。いきなり下の名前で────」

「馬鹿かお前は!もう苗字同じになるんだよ!私のこと、笠井かさいさんって呼ぶのか?お前も笠井かさいだろうが!」


 俺の言葉を遮った彼女に、またもや怒鳴られる。

 西条さんの態度に驚愕し聞きたいことは山ほどあるが、彼女の言ってることは正論なので言い返す言葉もない。


「ご、ごめん。陽菜……さん」

「チッ」


 舌打ちをされ、露骨に不機嫌な彼女に恐怖すら感じる。

 俺たちはリビングに積み込まれた段ボールを開封して荷物をチェックする。


「おい、結斗。そこの段ボール、部屋まで運べ」

「え?俺のこと名前で呼んでくれる────」


 次の瞬間、俺のお尻に激痛が走った。


「い……って!……え?なんで蹴る!?」

「同じこと何度言わせんだ!私もお前も笠井だろうが!」

「わ、わかったから。もう蹴らないで!」


 連続で蹴られ続けた自分のお尻の心配をする暇もなく、俺は彼女の荷物を部屋に運び込んだ。

 一時間程、俺たちは黙々と作業を続けて一段落ついた。

 その間、俺のことを鬼の形相で時折睨んでくる彼女の視線にビクビクしていた。


「おい!そっち終わったか?」

「はい!終わりました……」

「は?なんで敬語?きもっ」


 控えめに言って、かなり傷つく。

 作業を終えた西条さんは、壁にもたれ掛かってスマホを操作している。


「あ、あの。聞いてもいいかな?」


 俺は意を決して、疑問をぶつけてみることにした。


「あ?なに?聞くな」

「いや、どっちだよ」


 俺は一度大きく息を吐いて質問をした。


「あの、学校での西条さ……陽菜さんとだいぶ印象が違うですけど……それは、一体?」

「は?少し考えればわかるだろ。学校でのお嬢様みたいな話し方とか立ち振る舞いが素だと本気で思ってんのか?」

「じゃあ、今の陽菜さんが素の性格ってことか……」

「軽蔑したか?まあ、お前みたいな奴にどう思われてもいいけど……な」

「そ、それなら、なんで学校で優等生を取り繕ってるの?」

「いや、私普通に成績とか良いし。立派な優等生だろうが」

「そうだよ!成績優秀で運動もできて、人望もあって容姿端麗で学年一の人気者だろ!?」


 なに熱くなってんだ、俺……。


「そうだな、まあ強いて言うなら……」


 彼女は、不敵に笑いながら言った。


「お前。学校の私、好きだろ?」

「え、え!?す、好きとかでは……ないはず。……まあ、憧れみたいな感情はありましたけども」

「だろ!?」


「私の作り出した偶像の姿に踊らされてる奴を見るのがさ……まあ、滑稽で」


 彼女は俺の目を見て言葉を発した。


「たまんないんだなぁ、これが」


 それを聞いた瞬間、俺の心の中で何かが崩れ去っていた。


「そっか。よくわかったよ」


 心の中で崩れ去ったのは、俺が彼女に持っていた信頼や憧れ……その他諸々。


「お前は、西条さんじゃない!」

「は!?ガッツリ偶像に踊らされてるじゃん。学校であんたみたいな奴にも優しくする西条陽菜も、今ここで小心者のあんたをバカにしてる笠井陽菜も正真正銘、私なんですけど」

「うっ……と、とにかく俺はお前なんか認めないぞ!」

「は?お前とか呼ぶな」

「お前の呼び名なんて、お前で十分だ」


 俺は再び大きく息を吐いて、熱くなった頭を冷やした。


「……ん……って、何してるんだ!?」

「え、なにって、タバコだけど」

「そんなもん、吸うな!没収だ!」

「は!?ふざけんな!取れるもんなら取ってみろよ!」


 これから、こんな奴との共同生活が始まると思うと気が重くて仕方なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る