親の再婚で妹になった学園のアイドルが、家ではとんでもない不良娘だった。

孤独な蛇

第1話 新しい家族

 俺、笠井 結斗かさい ゆいと花蓮かれん学園高等学校に通う二年生。

 ちなみに、ぼっち。

 しかし、こんなぼっちな俺にも学校生活で楽しみにしていることがある。

 それは……。


「おはようございます。笠井君」

「うん、おはよう。西条さん」


 学園のアイドルと呼ばれ学年で一番の人気者。

 西条 陽菜さいじょう ひなさんとの、何気ないやり取り。

 二年生に進級して同じクラスになり、幸運にも席替えで偶然隣の席になることができた。


「どうしました?笠井君。ぼーっとして」


 言えない……。


「え、あっ、いや今日も授業の小テストが憂鬱だなと思って」


 君に見惚れていたなんて。


「しっかり予習復習していれば、そこまで困らないものですよ」


 クラスで孤立している日陰者の俺なんかにも優しく声を掛けてくれる。

 何か特別なことを話しているわけではないけれど、この日常が俺は好きだった。


「はぁー、憂鬱……ですか」

「ん?どうしたの西条さん?」


 突然ため息をついて、そう口にした彼女は浮かない表情をしている。


「あ、いえ。今日の放課後に家庭の事情で気が重い私用がありまして……上手に立ち振る舞えるかどうか……」

「そう、なんだ。家庭の事情なら他人が安易に口を出して良い事ではないけど……」


 どんな事情があるかは知らないけど西条さんの暗い顔は見たくなかった。


「西条さんなら、きっと上手くやれるよ!」

「そっか……そうかな。ありがとうございます、笠井君!」


 そう言って、満面の笑みを見せてくれる彼女。

 この笑顔……この笑顔が俺は大好きなんだ。


 放課後になり、帰り支度を済ませる。

 ぼっちの俺とは違い、西条さんの周囲には多くのクラスメイトが彼女の側に集まっている。


「ねえ、西条さん。今日この後、皆で遊びに行くんだけど」

「ごめんなさい。今日は、どうしても帰らなくてはいけないんです」

「そっか。なら、仕方ないね。また、誘ってもいい?」

「ええ。よろしくお願いします」


 西条さんは、申し訳なさそうにお誘いを断って鞄を持ち教室を退出しようとしたが。


「笠井君、また明日」


 彼女は振り返り、俺にそう声を掛けて教室を後にした。


「前から思ってたけど西条さんって笠井に優しくね?」

「一人でいるから、放っておけないんじゃないの?隣の席だし」

「くそっ!羨ましいぞ、笠井!」


 西条さんに気にかけてもらえるのは嬉しいが、周囲の視線が痛いことが悩みどころである。

 そんなクラスメイトたちの痛い視線を潜り抜けて、俺は帰路に就く。


「はぁー、憂鬱だ」


 帰り道、誰もいない道端で一人そう呟く。


 実は今日、俺にも家庭の用事というやつがある。

 父さんが再婚すると突然言い出したのは先週のこと。

 今日は、俺の義母になる人とその娘……妹になるらしい人物と顔合わせである。


「結斗、父さんな……再婚することにしたから」

「え?はぁ!?そうなの?」

「うん、それで来週あたりに顔合わせするからよろしくな」

「な、なに?再婚するのは良いけど、どれだけ急なんだよ!」

「いやー、結斗を驚かせようと思って。あちらの家庭に娘さんもいるから、結斗の妹ってことになるな」

「い、妹?」

「この家も二人だと広くて持て余してたからな。これから賑やかになるぞ!」


 …‥というのが、先週の話で今日がその顔合わせの日だ。

 友達も殆どいないような俺が見ず知らずの人達と急に家族になるなんて。

 考えるだけでも気が重い。


「父さん。相手の人は、なんて名前なんだ?」

夕子ゆうこさんって言うんだ。良い名前だろ」


 苗字も聞きたかったけど……まあ、いいか。

 どうせ俺と同じ笠井になるんだしな。


 そんな事を考えていると、あっという間に自宅に到着する。


「ただいま」

「おう、おかえり。結斗」

「あれ、父さん。もう帰ってるんだ」

「当然だろ。今日は大事な顔合わせなんだから。多分、もうそろそろ来ると思うよ」

「え?来るって家に?外に食べに行って、そこで会うとかじゃなくて?」

「何言ってんだ、今日は夕子さんが晩御飯作ってくれるって言ったろ?」

「いや、聞いてないわ。って……え!なんだ、この大量の荷物は!?」


 リビングに入ると大量の段ボールが、幾つも積み上げられている。


「夕子さんたちの荷物だよ。今日からここに住むんだし」

「あのな、父さん。家で顔合わせすることも今日から一緒に暮らすことも聞いてないんだが!」

「そうだったか?まあ、気にするな。それより、あちらの娘さん……妹になる子と仲良くしてあげてな」

「え?ああ、家族になるんだし最低限はそのつもりだよ」

「そうか。実は、その子なんだけど少し性格に難があるらしくて」

「そもそも、その子の名前と年は?俺何も聞いてな────」


 俺の言葉を遮って、インターホンのチャイムが家中に鳴り響く。


「あ!きたきた。はーい!」

「え?まだ、心の準備が……」


 俺は緊張していたが父さんはテンション高く玄関の扉を開けた。


「やあ、よく来たね。さあ、入って」

「「お邪魔します」」


 玄関に入ってきた女性二人。


「あなたが結斗君ね。笠井夕子になります。これからよろしくお願いします」

「あっ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 とても礼儀正しく挨拶をしてくれる綺麗な人。


(この人が、夕子さんか)


「あ、その制服。花蓮学園の生徒さんなのね」

「す、すみません。帰ってきたばかりで着替えてもいなくて」

「全然大丈夫よ。それより私の娘も花蓮に通ってるのよ。ほら、挨拶して」


 夕子さんの後ろにいた娘さんが俺の目の前にやってくる。

 俺は、その人の顔を見て目を疑った。


「西条陽菜……改め、笠井陽菜になります。よろしくお願いします」


 再婚相手の娘さんが、学園のアイドルの西条さん……ただただ驚いた。


 西条さんの私服はとてもよく似合っていて、その姿につい見惚れてしまう。


 そんな俺とは対照的に、学校でいつも見せてくれる西条さんの明るい表情は見られなかった。

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