魔術師と吸血鬼と毒林檎
詠
プロローグ
からん、とドアのベルの音が鳴って、お客さんが来店する。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。治癒ポーションの材料を買いに来まして、在庫あります?」
常連の冒険者さんだ。俺は営業スマイルで対応する。
「まだまだありますよ。いくつ欲しいですか?」
そうしてお客さんと受け答えしながら、俺は棚にしまってあるハーブや魔法植物をごそごそと漁る。
俺はこの街でなんでも屋に近い魔具店を営んでいる。魔具と言っても、骨董品に近いものや、超絶貴重なもの、日常的に必要な道具や、ポーションの材料といった物を沢山売っている。この店を開いたきっかけは、俺が作った魔具をいくらで売れるか聞き込み調査をしてからだった。自分の作った魔具が、魔法の使えない人々や冒険者の役に立っていることは意外と嬉しい。そうした思いから今のこれに至る。
俺の店は結構評判らしく、国境を超えて来るもの好きもたくさんいるらしい。本当に嬉しい限りだ。いつか俺の好奇心で始めたこの店が、大繁盛してはくれないだろうか。そんな妄想に浸りながら、俺はお客さんが旅立つのを見送った。
「ふう、今日の売上もぼちぼちだな」
そんな独り言を呟いて、店の中へ戻ろうとした時。俺の店の前で、奇跡的にぶっ倒れた人が居た。
どさっと鈍い音がして、店の前の道を歩いていた黒いフード付きマントの人物が倒れる。俺はもちろんびっくり仰天。とりあえず声をかけてみる。
「大丈夫ですか、?」
「ち……」
喉から振り絞るような声でなにか喋っているのが聞こえる。か細い声は鈴の音のように高く、少女であるということが分かった。顔が隠れていて見えないが、フードからはらりと美しい銀髪がはみ出す。
「失礼します」
俺は問答無用でフードの人を抱きかかえ、自分の店へ入る。店と自宅の境目の扉を開け、俺は自宅のベッドにフードの人を寝かしつけた。うちの前で倒れたのが不幸中の幸いだった。森の奥などで倒れていれば、助けてくれる人は居なかったかもしれない。俺は再びフードの少女へ問う。
「なにか、欲しいものありますか?」
俺は何気なしにベッドのシーツを整えながら聞いたが、返ってきた答えに思わず固まった。
「血が、欲しい…です」
見下ろしたフードの奥で、紅の双眸が妖しくきらりと輝いた気がした。
***
「助けていただいて、ありがとうございます。からからになるところでした」
「あっ、はい…」
俺はポーションの材料庫から動物の血を溜めた瓶を持ってきて、言われるがままに彼女に渡した。彼女は大きな瓶をまるで酒のようにぐびぐびと飲み干したあと、可愛らしくぷは、と息を吐いた。
お礼を言いつつ彼女はフードを取り、素顔を俺の目の前に晒してくれた。そのご尊顔と言ったら、人間離れしたかなりの美貌。林檎のように紅い瞳は、初めて見る俺には少し毒々しい。流れるような白銀の美しい髪は、腰のあたりで切りそろえられている。柔らかそうな桜色の唇に、ちらりと覗く鋭い牙。それは、もう俺の想像するそれであった。
「驚かせてしまってごめんなさい。私は吸血鬼なんです」
申し訳無さそうにまつ毛を伏せる彼女。俺は特別彼女を怖いと思わなかったが、彼女はどうやらかなり気にしているようだ。普通の人間にとって彼女は害であり、一般的に悪魔や魔族と言われる種族。それはそうなのだが、俺はあくまで魔術師だ。対抗する術を持っているし、見たところ彼女に害はなさそう。そんなところを討伐してしまっては、彼女のほうが可愛そうだ。
「別に気にしてないぞ。俺はあくまで魔術師だからな」
「討伐しようとしたり、しないんですか?」
「まあ。君に敵意がなさそうだったから」
そういうなり、彼女はきょとんとした。そんな彼女に、俺はさらに続ける。
「訳があったんだろう。君の住処に帰る準備が整うまで、好きなだけここに居てくれていい。別に、今すぐ旅立っても構わないぞ」
別に吸血鬼だからってどうこうするつもりは俺にない。俺のモットーは人を助けることだし、それが吸血鬼になっただけで普段と特別変わりないのだ。
「……お優しいんですね…」
「人助けが俺のモットーだから」
普通の人からすれば、よっぽど俺は物好きに見えるだろう。吸血鬼に親切にするだなんて、きっと前代未聞だ。けど、それが俺だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
「おう。よろしくな、俺はセト」
もじもじと視線を泳がせる彼女は、ベッドに座ったまま俺の目を見上げた。
「私は、スピカと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しい不思議な吸血鬼と、魔術師の俺のどたばたな喜劇は、ここから始まる。
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