今日、地球が亡くなるとて
佐倉 るる
一.
優しい音色が聞こえて、ボクは目を覚ました。ボクはどこにいるのか、誰といるのか、何をしているのか、全くわからなかった。わかるのは夕暮れと、午後五時を伝える電子機器と、長閑でのんびりとした空気感だけ。
眩しいオレンジの光が空に広がり、ボクを照らす。眩しくて、痛い。ボクはどうしてここにいるのだろう。ボクは……。ぼやけている頭をブルブルと振り、ボクは大きく伸びをして、すくりと座った。
「おや、レオ。起きたのかい?」
若々しく精悍な声がボクを受け入れる。頭に流れる優しい手のひら感触に、ボクの心はじんわりと温まる。
あぁ……そうだ。ボクはコイツとずっと一緒にいたんだ。
だんだんと記憶が蘇ってきた。ここがどこで、何をしていたのかようやく思い出して、胸の奥がざわつき始める。
どうしてボクはここにいなくてはいけないんだろう。そもそも、初めからボクに選択権はなかった。全ての決定権は隣に座るこの少年、奥浦翔吾にある。無慈悲であるが、仕方がない。この現実も、この事実も、ボクは甘んじて受け入れる他ないのだから。
「そろそろ、終わるな」
空き瓶やら紙屑やらが転がる路地裏で、ボクを撫でながら、哀愁漂う顔で笑っている翔吾に、フンッと鼻を鳴らして答える。
そうだ。全てが終わる。街中にある大型テレビジョンがかつて言っていた。今日、五月六日、神は地球を見捨て、この星に隕石を落とすことを決定したのである。ボクは無神論を支持しているから、神が地球を見捨てたなどという戯言は信じない。だが、地球に隕石が落ちるということは十分に理解ができた。
隕石が落ちると推察できたのは、なんと五年も前。人間の科学技術は二〇五〇年から飛躍的に進歩し、ボクらの世界を明るくさせた。暗黒エネルギー、暗黒物質の解明に始まり、膨大なエネルギーの利用、宇宙旅行の実現からの、地球と似た惑星の発見……。二三五二年を生きるボクらには輝かしい未来が待っていると思われた。
だけど。
結局、地球に残ったのは、荒廃した土地と、地球に残った数少ない人類と、ボクのような人間のエゴに付き合わされたペットたちのみだ。
カラカラ……。
目の端に見える空のビール缶が転がる音を聴く。以前なら自慢に思っていた耳がいいことも、鼻が効くことも、今じゃ無用の長物。隣にいる翔吾……いや、街全体が常に異臭を放っているし、聞こえてくるのは生物たちの叫び声、建物が朽ちる音と、虚しく寂れた風の音だけだ。それなのに、ごく稀にすれ違う人間たちは皆、無駄に綺麗な布に身を纏い、髪を切り揃え、髭を剃る。人間の考えることはよくわからない。
「それじゃあ、最後の散歩に行こうか」
翔吾が立ち上がる。それに合わせてボクもゆっくりと立ち上がった。体全体をブルリと震わせる。
「ほら、こっちだよ。ほとんど誰もいない渋谷っていうのも粋なもんだろう? さぁ、二人だけの特別なスクランブル交差点を歩こう」
やはり、人間はよくわからない。人がほとんど生息していない渋谷を選ぶよりも、宇宙船に乗って生き延びた方が粋で特別だと思う。もう一度、ボクは首を激しく横に振った。
考えるのはよそう。どれだけ考えても、今日、ボクたちは死ぬのだ。……この絶望の中で良かったことは、リードをしなくてよくなったことかもしれないな。
ボクはそんなことを考えながら、翔吾の横にぴたりとくっつき、最後の散歩を始めた。
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