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「はあ? 蒸発したぁあ!?」

「しーっ! 声が大きいって!」


 桜庭大学のカフェテラスは、大きな窓ガラスから太陽の光が差し込むナチュラルな空間だ。観葉植物やパーテーションで仕切りが作られており、乱雑に設置された木製のテーブルは通行のために適度な距離が保たれている。学食のメニューも豊富で美味しいと評判のため、人が多く集まる場所だった。


 明良は窓ガラス側の席を陣取り、幼なじみの烏丸からすまはじめに昨日起こった出来事を話していた。怒りを含んだはじめの声は想像以上に響き渡り、周囲に座っていた人達から注目を集めた。

 はじめは片手で軽い謝罪をし、明良に向き直る。猫のように少しつり上がっている金色の目は、ゆらゆらと憤りをにじませていた。


「ほんっとどーしよーもねーな、お前の親は」

「返す言葉もない……俺もそう思う……」


 はじめはあやかし族だ。美形一族といわれる烏天狗からすてんぐの血を引き継いでおり、大学内でも一、二と噂されるほど凛々しい顔をしている。そして烏天狗は一様に真面目な気質の妖族で、責任感も強い。はじめは面倒見のいい兄貴肌でもあるので、親友のピンチにはいつも手を差し伸べてくれていた。

 そのため、明良が置かれている状況は彼にとっても許しがたいものなのだろう。『美人が怒ると怖い』なんて言葉があるが、険しい表情の彼は確かに恐ろしかった。


「だからごめん、この前話してた旅行も行けそうにないや。しばらく貯金崩して生活しないと」

「ばかやろう! んなことより、お前の生活の方が大事だろ。これからどうするんだ? 家賃と光熱費も自分で支払うことになるなら、またバイト探すのか?」

「うん……でも、これ以上バイト増やして勉強時間がなくなるのもキツイんだよなぁ……」

「それに関しては今でも十分おかしいぐらいだからな、お前の場合」


 あああ、と頭を抱える明良に、しかめ面のはじめは人差し指を向けた。


「コンビニとスーパーのバイト掛け持ちして、時々夜間の短期バイトもやってんだろ。それで成績トップをキープするのは無理だからな、普通」

「できるできる。連続徹夜コースが生まれるけど」

「社畜のサラリーマンかよ! ったく……そろそろマジで死ぬぞお前。俺は過労死したダチの葬式なんて出たくねーからな」

「そこは大丈夫だよ、今までもなんとかなってるんだし」


 へらりと笑う明良に、はじめは長く深いため息を吐いた。


「明良、お前うちに来いよ。あんな頑固者だけど親父は明良のことを息子のように可愛がってるし、事情を話せばなんとかなるぜ、きっと」

「知ってる。でも、親父さんには昔からお世話になってるし、これ以上迷惑かけられないよ」

「他に伝手はあるのか?」

「とりあえず、もう少し給与の良いバイトを探してみる。ほら、俺去年のうちに『指導員』の資格取ったからさ、もしかしたら妖族向けの仕事でなにか見つかるかもしれないじゃん」


 指導員の正式な名称は『妖力調整指導員』。妖力をコントロールできない妖族を対象に訓練を行う指導者のことだ。

 現在は国家資格とされており、在学中にこの資格を取るには三つのポイントが重要となっている。一つめは、必須科目を受講すること。二つめは、短期間の外部研修に励むこと。三つめは、妖力もしくは高い霊力を保持していることだ。

 明良はこの三つをクリアし、試験を受けて無事に最年少で資格を取得できたのだ。


 明良が努力する人間であることは、付き合いの長さからはじめも重々理解している。だから彼はまだ完全に納得しきれない面持ちで、ひょいと肩をすくめた。


「そうかい……まあ、明良が頑張るっていうなら、俺はひとまず見守ることにする。でも、限界がくる前にちゃんと相談しろよ」


 あと、とはじめが声をひそめる。


「怪しいバイトには気をつけろ。もうわかってると思うが、妖族の中には霊力が高い人間を狙ってるやつもいるからな」

「……うん。わかってるよ」


 親友の忠告を、明良は素直に頷いて受け入れた。


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