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「意地の悪いやつ」
ぴょんとカウンター席に黒猫が飛び乗り、にんまりと目を細めて笑う。
「あの皿屋敷が自分に気があると知ってたんでしょ?」
「わぁー、流石ウカ先生。あの人がどんな妖怪か気づいていたんだ」
否定も肯定もせず、慶一はわざとらしく明るい口調で褒めた。
ウカと呼ばれた猫はふんと鼻を鳴らした。
「猫嫌いの根暗な一族だからすぐにわかったよ。わざとらしい会話まで見せつけちゃってさ……ほんとやることが残酷だよね、鬼って」
「失礼だなぁ。あれは僕が意図してやったんじゃないよ。彼女に合わせただけじゃないか」
のらりくらりと非難の声をかわす慶一に、ウカはやれやれと首を横に振った。
「はあ……なぁんで姫様はこんな性悪に協力するんだか……」
「それはほら、僕の信仰心のおかげかな」
「はいはい。なんでもいいけど、悠里に被害が及ばないようにしてよね。ただでさえ鈍感なくせにお人好しなんだから」
当の本人に視線を向けると、彼女は机に突っ伏していた。パソコンでの作業を終えたか、もしくは限界値を越えたらしい。
そんな彼女を横目にウカは大きく伸びをしたあと、体を震わせて「そんなことより」と明るい声で話題を変えた。
「お腹空いた。なにかちょーだい」
「わかったわかった……じゃあ悠里のおやつと一緒に持っていくから、向こうで待ってて」
「やったー! お刺身!」
「誰もお刺身とは言ってないけど……」
呆れた呟きなど、ご機嫌な猫の耳には届いていない。るんるんとした足取りで尻尾を揺らしながらお座敷に戻っていく黒猫に、慶一は諦めて準備を始めた。
今日のおやつはわらび餅だ。悠里の一番好きな和菓子で、たっぷりときな粉をまぶしてある。
疲れている彼女のことだ。これを見れば瞬く間に元気になるだろう。
満面の笑顔で食べる姿を想像すると、自然と慶一の表情も綻んだ。
同時に、恋する菊子の顔を思い出す。
長い黒髪の間から見える金色の瞳は、確かに自分に好意を見せていた。だけど、その目はこれまで向けられていたものと、どこか違う気がしていた。
慶一はそれを見抜いていた訳ではないが、彼女の内側にある複雑な感情は少しだけ共感できた。
「……ほんの少しの勇気、ね」
その呟きを近づいてきた明良に聞かれてしまったが、不思議そうな顔の彼に慶一は「なんでもない」と笑って誤魔化した。
しばらく経って、菊子はお見合い相手を連れて店に訪れた。
相手の男性は慶一に負けず劣らずの優しそうな風貌で、終始菊子を見つめては幸せそうに笑んでいた。カフェというと女性向きのお洒落な印象が強かったようだが、華やかというより穏やかな空間の『たまゆら』もお気に召したらしい。
仲睦まじくお座敷で語り合う二人の姿を見て羨ましく思ったことは、慶一の心の中だけに秘めておいた。
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