【完結】ストアの影 - ローマ帝国の哲人と権力のはざまで
湊 マチ
第1話 プロローグ
スペインのコルドバ。乾いた大地と、遠くに広がる山々。初夏の風が心地よく吹き抜けるこの土地で、幼いセネカは父とともに大きなオリーブの木の下に立っていた。空は限りなく青く、広がる大地はその空を映すかのように静かだ。セネカはその風景を眺めながら、心の中でどこか遠い場所へと飛び立とうとしていた。
「ローマに行くのか」父の声が、セネカの胸に重く響く。
「ええ、父上」彼はうなずいた。まだ少年のあどけなさを残す顔が、野心に輝いていた。
父、セネカ・エルダーは黙って息子を見つめる。彼の目は厳しさと愛情が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。「お前の母も、このことには賛成だ。だが、お前はまだ若い。ローマは、お前が考えているような場所ではない。権力の渦の中で、何を守り、何を捨てるか。それを見誤れば、お前はすぐに飲み込まれるだろう。」
セネカはその言葉を深く胸に刻んだが、彼の内なる熱は冷めることはなかった。父の忠告は、確かに彼を守るためのものだと理解していた。しかし、彼の心はすでにローマへと向かっていた。栄光の都市。知恵と力が交錯するその場所で、自分自身を試したいという強い思いが彼を突き動かしていた。
「お前がローマに行くなら、もう一度だけ言っておこう」
父はゆっくりと息を吸い込み、息子の目をしっかりと見据えた。「決して、自分自身を見失うな。」
セネカは父の目をじっと見つめ返し、うなずいた。「はい、父上。決して。」
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その夜、セネカは寝室の小さな窓からコルドバの静かな夜空を見上げていた。星々がキラキラと輝き、無限の可能性を感じさせるかのように彼に語りかけている。
「ローマ……」
彼は心の中でつぶやいた。未知の都市、偉大なるローマ。そこには哲学者としての自分を試すための機会が待っているはずだ。権力と知恵が交差し、危険と誘惑が入り混じる場所。だが、彼には信念があった。父の教え、母の愛、そして彼自身の哲学。それらが彼を支えていた。
翌朝、彼は家族に別れを告げ、旅立ちの準備を整えた。コルドバを離れることに一抹の寂しさを感じながらも、彼の胸は期待で高鳴っていた。まだ見ぬローマの光景、そこで出会う人々、そして新たに学ぶ知識――すべてが彼の前に広がっていた。
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「この時、セネカはまだ知らなかった。栄光を求めて旅立ったその道が、いかに険しく、また、いかに多くの犠牲を払わなければならないかを。そして、ローマという名の渦に巻き込まれた先に待っているものが、ただの栄光ではなく、深い苦悩と決断の連続であることを。」
セネカの旅が、ついに始まった。彼の心には哲学者としての誇りがあり、その信念をもって権力の中心に向かっていく。だが、彼がこの旅路の果てに何を得、何を失うのかは、この時の彼には知る由もなかった。
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