オフィーリア

蓮司

オフィーリア

気付けば私は飛び出していた。

目の前で話していた若い男女の会話。

それは私に最愛の人の死が近いことを知らせた。





足が縺れて上手く進めない。

でも早く行かなくちゃ。

最後に一目見たい。お礼を伝えたい。

そして、また私の顔を見て笑ってほしい。



でも、私は彼が何処にいるのか分からなかった。

最後に会ったのは数年前。

葉っぱが赤くなり始めた頃。

彼は私に「完璧だ」と一言。

そして白い布に包んで私を知らないオジサンに売った。

最初は売られた事に腹を立てて、沢山愛情を与えてくれたのに私を商品だとしか思っていないことを憎み、悲しんだ。

そして、ただ時間が過ぎることをじっと待つだけの仕事に慣れてしまったので、時間の感覚など忘れ去っていた。


けれど彼は私を大切に育ててくれた恩人だった。

手も足も顔も全て美しいと褒めてくれた。

売られる何日か前に彼は自身の友人に私を「恋人」と紹介してくれたこともあった。

最後の情けかもしれないが、私はそれがとても嬉しかった。

だからもう一度会いたい。

もう一度…。





───「その顔は…エリザさんか?」


彼の場所が分からず、途方に暮れていた私にとある老人が私の顔を見て驚いた。


「何故こんな所にいるんじゃ!エヴァレットさんの家はあっちじゃ。はよ行っておやり!」


「………………エヴァレット」

久しぶりに聞いた名前。

そう、私の愛する人の名前だ。


老人は近くにある川の向こうの「ハムレット」という村を指さした。

その村の奥に小さな青い屋根の家があり、そこに彼がいると言う。

私はまた走り出した。

お礼を言うのも忘れて。



────「エヴァレットさん!!」


彼の家の扉を勢いよく開けた。

埃が舞う小さな部屋に汚れたベッド。

その上に横たわった彼が一瞬だけ目を丸くしてこちらを見た。

数年前より痩せて皺も増えて髪が白くなってしまった彼。

それでも私の愛する人だ。すぐに分かる。

涙が溢れ落ちるのを我慢して彼の手にそっと触れる。

しわしわになって弱くなってしまった彼の手は今にも消えてしまいそうで怖くなった。

手を握られて思い出したのか、彼は少し笑顔を見せる。

ゆっくりと口を開いた彼。

やっと、やっとまた彼の声が聞ける。

最期になるかもしれない彼の言葉。

彼は私の顔を愛おしそうに見つめる。

彼が好きだった私の顔。

ずっと綺麗でいる為に努力したのよ。

褒めてもらえるかな。

ドキドキと胸が高鳴る。

そしてついに、彼の口から声が漏れる。



「エリザ。やっと来たのか。ありがとう。好きだよ。」




…………………。



私は。





わたしは。






「……………エリザじゃないわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オフィーリア 蓮司 @lactic_acid_bacteria

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画