第2部
それから私は病院でジッパー付きの大きな袋に入れられて車であるところに運ばれたわ。これも「退院」なんだよね。目的地と思われるところに着いてから、そこにいたと思われる女の人の声で
「これから寒いところに入れるけどもう風邪をひくことはないから安心して」
と言われたわ。そしてガチャッというドアが閉まるような音がして一気に寒くなったわ。
「もしかして冷蔵庫の中!?」
私はそう思うけど、袋に閉じ込められているから想像することしかできないわ。
「SNSの書き込みももうできないから、かれんにエンディングノートを渡してそこに書いてあるパスワードで訃報を書いてくれと頼んだけどきっとやってくれているよね……」
私は寒くてブルブル震えるような思いをしながら心のなかでそうつぶやいたわ。
次の日、またドアの音がした後台車に載せられてそこから出されたわ。そして袋のジッパーが空けられてそこから私を出して数人がかりで作業台に載せ替えたわ。その部屋はまるでパッと見て実験室のようだったけど、壁には「劇物取り扱い施設」という張り紙が貼られていたわ。全身をビニールのエプロンとフェイスシールドで包んだ職員さんが現れて私の顔を優しくもんでくれたわ。そして彼女は、
「これからみんなに会うんでしょ。闘病生活丸出しのげっそりした顔じゃみっともないわ。これでふっくらとした感じの可愛いお顔になるわ」
と言いながら私の口を開けて中に丸めた綿を次々と詰め込んでいって最後にしっかりと閉じたわ。そして、
「これでぐっすりと気持ちよく寝ているような顔になったわ」
と彼女は言ったわ。そして「医薬用外劇物」「第二種有機溶剤等」というステッカーが貼られた戸棚から何本かピンク色の薬品が入ったポリボトルを出してきて中身をステンレスの機械に注ぎ込んでいたわ。そこにいた職員さんの間で、
「今回はいつも水で薄める薬品をそのまま使うからね」
という指示が出たけどその時は意味が分からなかったわ。
「これから血管に薬品を入れるから、ちょっと痛いけど我慢してね」
と言われて首の付け根に痛みを感じた後、私の血管とその機械がホースで繋がれて、静かだった部屋にモーターの音がしたわ。作業中はその薬品が体中に行き渡るように腕、手先、脚をもんでもらったのでそれが意外と気持ちよかったわ。でもその後に薬品が染み渡ったときは筋肉が固くなってしばらくは全身で足がつった時のような感覚があったわ。そして彼女は私のお腹の中の余計なものをポンプで吸い取った後さっきとは別の透明な薬品をビンから直接注ぎ込まれたわ。その時は痛かったけど終わったときにはすっきりとした感じがしたわ。それが終わったらシャワーを浴びてタオルで拭かれてドライヤーを掛けられたわ。特に髪の毛は念入りに乾かしてくれたわ。そして、かれんが持ってきてくれたYシャツと紺色のスカートを職員さんに着せてもらって、そしてパンプスを履かせてもらってから棺桶の中に降ろされたわ。なんかまるで天国行きの電車に乗って出勤するような格好だったわ。そして仕上げに軽く化粧をしてもらったあと、式の日までふたをかぶせられて周りが真っ暗になったわ。
そして私は式のためにそこから車でチャペルに運ばれたわ。式の始まる前、館内に「棺は借り物なのでなにか書きたいときはホワイトボードに貼ってある模造紙に書いてください」という放送が流れたのにはちょっと疑問に思ったわ。でもその時はそれ以上気にしなかったけど。そして棺桶のふたが開けられて病院の時みたいに知ってるみんなが来て私の寝顔を見て言ったわ。まず、幼馴染に、
「まゆちゃん、もう会えないなんて寂しいわ」
と言われて、うちのサークルの読者さんに、
「まゆみ先生、もう何年も前の夏コミで買ったあれ読んだよ。キャラ愛があふれていた百合本で今でも心に残っているわ」
と言われて、会社の同僚には、
「まゆ先輩……突然見つかってそれが進行して結局治らなかったんだね……社員一同で寄せ書きしたから持っていかない?」
と言われて、だいぶ前のコミケで隣だったところのサークル主さんには、
「もうまゆさんと同じイベントで隣同士のスペースになることは無いなんて……これ、うちの新刊。天国で暇だったら読んでね」
と言ってくれました。みんなありがとう、という返事ができなくて辛かったわ。
そして、うちのサークルに毎回来る知り合いに、
「まゆみ先生、とうとう伝説の
と、言われたときはそれはさすがにちょっと大げさで恥ずかしい、と心の中で苦笑いしたわ。たしかに偽壁レベルまでにはなったけどね。
式の終わりに、私の入った棺桶のふたが軽く閉ざされたときは寂しさを感じた。でもチャペルの裏口を出てすぐ、私はなぜか棺桶から取り出されて担架に移された後バンで家に戻って、私の部屋のベッドに寝かせられたわ。焼かれて燃えカスになるか地面に掘られた穴に埋められるのかと思っていたらそうじゃなかったんだわ。バンに同乗していたかれんは私に向かってつぶやいていたわ。
「わたしね、ロボットベンチャーで義手、義足、そして義体という医療機器と福祉機器の開発をするために人体標本が必要ということでお姉ちゃんを保存する許可を取ったんだよ。これで長い間入院していたお姉ちゃんと家でのんびりずっと一緒に過ごせることができるんだよね。よかったね、お姉ちゃん。そしていつかお姉ちゃんのために機械の体を作って
私は心の中で泣いたわよ。こんなことまではさすがに頼んでいないわ。ある意味私のやらかしでこんなことになったのに。でも、もう涙は一滴も出ないし、かれんにお礼したいけど話すこともできないわ。家に戻ってから何日かした後に私はベッドから水槽のようなアクリルケースの中に移されてナフタリンがたくさん置かれた敷物の上で横になったわ。ふたをされたときはまた世界から切り離されたように感じたわ。式のときは借り物だったけどこのアクリルケースが私の本当の棺桶だったんだわ……でもかれんが毎日ケースの前に来て私に他愛のない話をしてくれるから寂しくなくなったわ。それで寄せ書きとか式のときの棺桶に入れられたものは持ち帰って、食べ物以外は「推し」が消えたこの部屋に記念に置いてあるわ。
それから数ヶ月、かれんがニコニコ顔で私に近づいてきたわ。
「お姉ちゃんの病室にあった小説の新刊が出たから帰り際に大学生協で買ってきたの。一緒に読まない?」
彼女は私の顔を見てアレを読み聞かせてくれたわ。そして、かれんが読み終えたときには、嬉しくてもう感極まったわ。もし涙を流せたらもうこのケースが本当の水槽になるくらいに。
頼むわよ、かれんちゃん、じゃなかった
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