第15話 ギャングの溜まり場

 ロマーディオとヴァネッサの二人から遅れること二十分弱。パルマンたち三人も自動運転の絶滅特殊部隊専用のエアヴィークルでバスタベリオス地区に到着していた。


 娯楽街から少し離れたところでエアヴィークルは停止した。すぐに三人はドアを開けて降り立った。


 パルマンとミハエルはそれぞれのプラズマ銃を携行しているが、アリシアは近接戦では役に立たないスナイパーライフルを持って来ていない。その代わりに、レーザー光線式の拳銃ハンドガンをホルスターにしまっていた。


 突然街中に絶滅特殊部隊の制服を着た者たちが現れたことに周囲にいた人間は戸惑っているようだ。

「《ハンニバル》って酒場はこの先の裏手だな」

 パルマンが確認した。


「ベリンダ、私たちの声はちゃんと聞こえてる?」

 アリシアが担当の分析官アナリストにマイクで話しかけた。三人ともイヤホンマイクを付けていた。

『バッチリ感度良好よ! 今監視カメラをハッキングして店内の様子を見てるけど、もう既に準備中のようね』

 ギャングの溜まり場と言われるだけはある。誰かしらいるのは願ってもない話だ。もし誰もいなければ、待っていなければならない。


 この時点で監視カメラは作動しているのは、店内の奥で何者かが店内を見張っているに違いなかった。

「店員は何人ぐらいいるんだ?」

 今度はミハエルが尋ねた。


『店内には全部で六人ね。でも、ボスのマルケスタ・ハボリの姿が見えないわ』

「それは困ったな」

 一番肝心の男がいないことにパルマンは舌打ちをした。

「そこは連中の溜まり場なんだよな? 監視カメラが動いてる以上、店の奥にいるのはそいつじゃないのか?」

「今回は私もミハエルに一票入れるわ。逆に、ボスがいないほうが口を割る可能性が高いかもしれないしね。かえって好都合じゃない?」

 アリシアの言い分も一理あった。ここは詳しい情報を知る人間がいることを願うしかない。


「――分かった。いいか、この制服で店に入る以上、手ぶらでは帰れないぞ。何でもいいから確固たる情報を掴むんだ」

 パルマンの言葉に残りの二人は力強く頷いた。


 目の前の三階建ての人気のファーストフードの店から二街区ブロック先に目的の酒場はあった。

 秘密裏に麻薬や銃器の売買をするには打ってつけの場所と言えた。

 開け放たれたドアから少し上に飾られた店名のネオンサインはまだ電光が灯っていない。


「よし、一気に乗り込んで店内を掌握するぞ!」

 パルマンの号令とともに意を決した三人は自分の銃を抜き、酒場内に乗り込んだ。

 開けっ放しのドアも幸いした。機械アーマード化による無音に近い俊敏な動きに、店員たちは誰一人としてこちらに気付かなかった。


「全員、動きを止めて、手を上げろ!」

 パルマンの張り上げた大声で、店員の身なりをしたギャングの手下たちはやっと今の状況を把握したようだ。


 騒然として言いなりになる中、カウンターにいた男だけが指図に従わなかった。とても落ち着きを払った嫌な感じの男だ。首元に蠍のタトゥーを入れていた。

「これはこれは絶滅特殊部隊の方々がうちの店に何の御用でしょう? あいにくまだ準備中なもので、何もお構いできずにすみません。営業時間内にまたご来店を。ああ、当然ご存じとは思いますが、未成年の方はお酒を飲めませんけどね」

 嫌な感じの男はとてもふてぶてしい口調で嘲笑を浮かべた。


「悪いが、こんな辛気臭い店で飲む気は更々ない」

 負けずにミハエルは冷たく突っ返した。

「わざわざここに来たのは、お前たちのボスに聞きたいことがあったからだ。昔の仲間だったデランテ・オルグレンって男についてな」

「えーと、デランテまでは聞き取れたんですけど、苗字はなんでしたっけ?」

「オルグレンだ! 今写真を見せてやる!」

 ミハエルは男に近づくと、デランテの顔写真を見せつけた。右の頬に大きくZのタトゥーが入った顔は一度見たらなかなか忘れられないだろう。


「さぁ、見たこともないですね」

 嫌な感じの男は首を横に振った。

『嘘よ! そいつの名前はメンデロ・バルコバ。デランテとほぼ同時期に《ヴァイオレント・フィスト》に入ってるわ!』

 分析官のベリンダからイヤホンに情報が流れてきた。

「ねぇ、メンデロ。本当に知らないの? 私たちはあんたのことならどんなことでも知ってるのに。潔く白状しないと、痛い目を見るわよ!」

 アリシアは凄みを利かせて食ってかかった。


 名前が知られたメンデロは一瞬驚いた顔を見せたが、瞬時に監視カメラを睨みつけた。

「お前らがAGIを〝神〟だと信奉してるのはとっくに調べがついている。しかも、昔の仲間だった奴らが《黄昏の粛清者エピュラシオン》に加担してるのも判明した。まだとぼけるつもりなら、お前ら全員をテロリストの共犯者として引っ張ってもいいんだぞ!」

 このままだと一向に埒が明かないと感じ取ったパルマンは大口径のプラズマ銃をメンデロに向けてうそぶいた。しかも、秘密結社とは言わずにテロリストと言葉を変えた。


 言っていることはただのこけ脅しではない。かなり強硬な手段だが、絶滅特殊部隊の権限を行使すれば、不可能ではない荒業だ。

「良い案ね! テロリストの共犯となれば、一生刑務所から出られないわよ! ここから先はよく考えてから話すことね!」


 アリシアもパルマンの言葉に乗っかった。どんな手段を使っても秘密結社の野望を打ち砕くための突破口を切り開く必要があった。

 これ以上出まかせを言い続ければ、一生刑務所暮らしになるかもしれない。そんな恐怖感に襲われたメンデロは負けを認めた。その直後だった。

『大変よ! 監視カメラの電源を切られたわ! もしかしたら――』

 ベリンダがみなまで言わなくても容易に理解できた。店の奥で一部始終を見ていた何者かが逃亡したのだ。


「追うぞ!」

 パルマンは急いで店の奥に通じるドアに向かった。

「ここの奴らはどうする?」

 ミハエルが訊いてきた。

都市警察シティーポリスに任せろ! 逃げた奴のほうが捕まえる価値がある!」

 言わずもがなな話だ。振り向かずに叫ぶパルマンを残りの二人も追った。


 絶対に逃がすわけにはいかない。そんな切迫感が三人をせき立てた。

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